結論から言えば、法人で運営する接骨院・整骨院の事業承継のうち、従業員承継(MBO・EBO)の中心は「株式譲渡」であり、譲渡したオーナー個人には原則として譲渡益に対し20.315%の申告分離課税がかかります。一方、売買ではなく贈与で株式を渡す場合には、経営承継円滑化法に基づく事業承継税制(特例措置)により贈与税の納税猶予を受けられる可能性があり、その前提となる特例承継計画の提出期限は2027年9月30日です。本記事では、行政書士の立場から、接骨院ならではの施術所の届出や受領委任の施術管理者要件も含めて、MBO/EBOの株式取得スキームと税負担の考え方を整理します。なお、税額の計算・申告は税理士、登記は司法書士、紛争性のある案件は弁護士の職域であり、当事務所はこれらの専門家と連携して手続を進めます。
目次
接骨院の従業員承継(MBO/EBO)とは
MBO(マネジメント・バイアウト)は勤務院長など経営陣が、EBO(エンプロイー・バイアウト)は従業員がオーナーから株式を買い取って経営を引き継ぐ手法です。接骨院では、健康保険の受領委任払いを扱うために柔道整復師である施術管理者が不可欠であり、お子さまが柔道整復師でないご家庭では、長年勤務してきた柔道整復師への承継が最も現実的な選択肢になります。第三者へのM&Aと比べ、患者・スタッフとの信頼関係や施術方針を維持しやすい反面、後継者となる従業員に株式の買取資金が乏しいことが最大の課題です。だからこそ、どの取得スキームを選び、税負担をどう設計するかが承継の成否を分けます。
接骨院・整骨院の事業承継における株式取得スキーム4類型
法人(株式会社)運営の接骨院を前提とすると、株式取得の方法はおおむね次の4類型に整理できます。
| スキーム | 概要 | 留意点 |
|---|---|---|
| 直接買取 | 後継者個人がオーナーから株式を買い取る | 仕組みが単純だが、後継者個人の資金負担が最も重い |
| 段階的取得 | 数年かけて株式を分割して買い取る | オーナーの引退時期に合わせやすいが、過渡期の経営権が不安定 |
| 持株会社(SPC)方式 | 後継者が受け皿会社を設立し、金融機関借入で株式を取得 | 手元資金が少なくても実行可能。借入返済の原資確保が前提 |
| 贈与型 | 売買代金を取らず後継者に株式を贈与する | オーナーは対価を得られないが、事業承継税制の対象になり得る |
なお、個人事業の接骨院にはそもそも株式が存在しないため、施術所の設備・内装等を売買する事業譲渡と、後継者による施術所の新規開設という形になります。ただし売買ではなく贈与で引き継ぐ場合は、個人版事業承継税制(個人の事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予)を利用できる可能性があり、個人事業承継計画の提出期限は2028年9月30日、贈与・相続等の期限は2028年12月31日です。法人か個人かで手続の構造が根本的に異なる点に注意してください。
税負担の基本——譲渡側20.315%と低額譲渡のみなし贈与
オーナー個人が株式を売却した場合、譲渡所得(譲渡価額から取得費・譲渡費用を差し引いた額)に対し、所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%の合計20.315%が申告分離課税で課されます(国税庁タックスアンサーNo.1463)。累進課税ではないため、給与所得等と比べれば税率は一定ですが、退職金の支給時期や譲渡価額によって課税関係が異なるため、具体的な税負担は税理士に確認してください。
注意すべきは低額譲渡です。「長年頑張ってくれた従業員だから」と時価より著しく低い価額で株式を譲ると、時価との差額を贈与により取得したものとみなされ、買い取った後継者側に贈与税が課される可能性があります(相続税法第7条、国税庁タックスアンサーNo.4423)。非上場株式の時価算定は評価方式の選択により結果が大きく変わるため、必ず税理士の関与のもとで価額を決めてください。また、贈与で株式を渡す場合、暦年課税では年110万円の基礎控除を超える部分に贈与税が課されます。買い手側の視点では、株式の取得資金は税引き後の手取りから支払うことになるため、役員報酬に関する税務上の取扱いを含め、中期の資金計画は税理士に相談して検討する必要があります。
事業承継税制(特例措置)による贈与税・相続税の納税猶予
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(平成20年法律第33号・経営承継円滑化法)に基づき都道府県知事の認定を受けると、非上場株式の贈与・相続にかかる贈与税・相続税の納税が猶予され、一定の場合には免除される制度があります。特例措置では対象株式数の上限が撤廃され、納税猶予割合は100%です(中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」)。親族外の後継者への贈与も対象となるため、勤務柔道整復師への贈与型EBOと相性のよい制度です。ただし後継者側にも要件があり、贈与の直前に会社の役員であること(令和7年1月1日以後の贈与。改正前は3年以上の役員在任が必要でした)、贈与時に代表者であること、同族関係者と合わせて総議決権の50%超を保有し筆頭株主となることが求められます。勤務柔道整復師が従業員のままでは適用できないため、役員登用と代表者就任を織り込んだ日程設計が欠かせません。
ただし期限があります。特例措置の適用には、特例承継計画を2027年9月30日までに都道府県へ提出し、2027年12月31日までに贈与・相続等を行う必要があります。また、この制度は贈与・相続に対する税の猶予であり、対価を支払う売買型のMBOには適用されません。特例承継計画には、認定経営革新等支援機関(商工会議所・金融機関・税理士等)による指導及び助言を受けた旨の記載が必要です。行政書士は職域の範囲内で認定申請等の書類作成を支援し、猶予税額の試算や継続届出を含む税務は税理士と連携して進めます。
接骨院特有の手続——株式譲渡なら施術所の開設者は変わらない
柔道整復師法第19条は、施術所を開設した者は開設後10日以内に開設の場所や業務に従事する柔道整復師の氏名等を都道府県知事(実務上は保健所)へ届け出るよう定めています(柔道整復師法(e-Gov法令検索))。法人運営の接骨院で株式だけが移転するMBO/EBOでは、施術所の開設者(法人)自体は変わらないため、廃止届・新規開設届は原則不要です。ただし、柔道整復師法第19条は届出事項に変更を生じたときの届出も求めており、業務に従事する柔道整復師の氏名、法人の名称・所在地、施術所の構造設備等に変更がある場合は、変更後10日以内の変更届が必要です。なお開設届の開設者が法人ではなく院長個人になっている場合は、株式譲渡だけでは施術所は移転せず、廃止届と新規開設届が必要になります。これは事業譲渡と比べた株式譲渡スキームの大きな利点です。
一方、次の点は見落とされがちです。
- 施術管理者の交代:受領委任を取り扱う施術管理者を後継者に変更する場合、地方厚生局への届出が必要です。2024年4月以降の届出では3年の実務経験と施術管理者研修(2日間・計16時間)の修了が要件とされており、後継者が要件を満たすまでの期間を逆算した承継スケジュールが必要です。
- 個人事業の承継:旧開設者の廃止届と新開設者の開設届、受領委任の申し出のやり直しが必要となり、保険請求に空白期間が生じないよう日程調整が重要です。
承継を先送りしたときの相続リスク
MBO/EBOを実行しないままオーナーに相続が発生すると、株式は遺産分割がまとまるまで相続人間の準共有状態となり、議決権等の行使には原則として権利行使者の指定と会社への通知が必要となるため、役員の選任など会社としての意思決定が停滞するおそれがあります。柔道整復師でない相続人が株式を取得しても自ら施術管理者にはなれず、院の存続自体が危うくなりかねません。遺言書の作成、生前のMBO/EBOの実行、事業承継税制の活用は、いずれもこの事態を防ぐ手立てです。また、施術所の土地建物をオーナー個人が所有している場合、2024年4月1日施行の相続登記義務化により、相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内の登記申請が義務となり、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象になります。登記申請は司法書士の職域であり、当事務所から連携してご案内します。
当事務所のサポート
行政書士法人Treeは、接骨院オーナーの相続・承継の場面で、戸籍の収集による法定相続人の確認と、株式や施術所不動産を誰が引き継ぐかを確定させる遺産分割協議書の作成をお手伝いします。遺産分割協議書は、その後の名義変更や各種手続の土台となる最重要書類です。相続税の申告は税理士、相続登記は司法書士、相続人間に争いがある場合は弁護士と連携し、窓口を一本化して進めます。料金は、遺産分割協議書作成のミニマムプラン43,780円(税込)、戸籍収集からお任せいただくスタンダードプラン87,780円(税込)、手続全体を支援する丸投げプラン217,800円(税込)です。詳細は遺産分割協議書作成サポートのご案内をご覧ください。ご相談は何度でも無料です。
相続手続でお困りの方へ。行政書士法人Treeでは、戸籍の収集による相続人調査から遺産分割協議書の作成までをサポートします。書類作成に関するご相談は何度でも無料です。※相続登記は司法書士、相続税申告は税理士、相続放棄など家庭裁判所へ提出する書類の作成は司法書士・弁護士の業務であり、当法人では取り扱いません。
まとめ
接骨院の従業員承継は、株式譲渡なら施術所の開設者である法人を維持でき、原則として廃止届・新規開設届を伴わずに経営権を移せる一方、譲渡側には20.315%の申告分離課税、低額譲渡なら後継者側にみなし贈与課税のリスクがあります。贈与型なら事業承継税制(特例措置)で納税猶予の余地がありますが、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日です。施術管理者の実務経験3年・研修要件も踏まえると、承継は数年がかりの準備が前提です。放置したまま相続が発生すれば遺産分割協議を避けて通れません。後継者の役員就任や施術管理者要件の充足まで逆算すると、着手が遅れるほど選べる手段は減っていきます。ご不明な点はお気軽にお問い合わせください。
接骨院の従業員承継に関するよくある質問
Q:MBOとEBOはどう違うのですか?
A:株式を買い取る主体の違いです。勤務院長など役員(経営陣)が買い取る場合をMBO、役員でない従業員が買い取る場合をEBOと呼びます。接骨院では勤務柔道整復師が後継者となる例が多く、両者の中間的な形態も珍しくありません。
Q:従業員に株式を安く譲ってもよいですか?
A:時価より著しく低い価額での譲渡は、差額が贈与とみなされ後継者に贈与税が課されるおそれがあります(相続税法第7条)。非上場株式の時価算定は専門性が高いため、価額決定の前に必ず税理士にご相談ください。
Q:事業承継税制は株式の売買にも使えますか?
A:使えません。納税猶予の対象は贈与・相続等による株式の取得であり、対価を支払う売買型のMBO/EBOは対象外です。贈与型を選ぶ場合も、特例措置は特例承継計画の提出(2027年9月30日まで)と2027年12月31日までの贈与・相続等が要件です。
Q:個人事業の接骨院でも同じスキームが使えますか?
A:個人事業には株式がないため、株式譲渡はできません。設備等の事業譲渡と、後継者による施術所の新規開設届(柔道整復師法第19条)、受領委任の申し出のやり直しが必要になります。法人化してから承継する選択肢も含め、早めの設計をおすすめします。
Q:オーナーが急逝した場合、株式はどうなりますか?
A:遺産分割がまとまるまで相続人間の準共有状態となり、議決権等の行使に必要な権利行使者の指定ができない場合には、経営判断が滞るおそれがあります。戸籍収集による相続人確定と遺産分割協議書の作成は当事務所がお手伝いできますので、お早めにご相談ください。
※ 本記事は執筆時点の法令・実務に基づき細心の注意を払って執筆しておりますが、内容の正確性・完全性・最新性を保証するものではなく、誤記・脱漏等があった場合でも当事務所は一切の責任を負いません。法令・実務の取扱いは改正・運用変更により変動します。個別具体的な事案・手続については、必ず行政書士・弁護士・税理士・司法書士・信託銀行等の専門家にご確認のうえご判断ください。


