結論から言えば、結婚相談所が犯罪被害に遭ったとき、最初にすべきことは警察への駆け込みではなく「証拠の保全」です。会員による詐欺的金銭被害、従業員による会費の横領、退職者による会員名簿の不正提供、虚偽口コミによる業務妨害──成婚という繊細な個人情報を扱う結婚相談所は、被害が表面化しにくく、証拠が消えやすい業種です。証拠が固まらないまま告訴・告発に踏み切っても捜査機関は動きにくく、かえって時機を逸します。行政書士は、事実関係を整理した警察署長宛ての告訴状・告発状の「書類作成」の面から経営者を支える立場です。受理後の捜査対応や示談交渉が必要な場面では提携弁護士と、労務処分が絡む場面では社会保険労務士と連携し、役割分担しながら対応します。本記事では、証拠保全と告訴・告発の正しい順序を、条文に沿って整理します。
目次
結婚相談所で想定される犯罪被害の四類型
結婚相談所の経営で現実に起こり得る犯罪被害は、大きく四つに分けられます。なお、令和7年(2025年)6月1日施行の改正刑法により、懲役・禁錮は「拘禁刑」に一本化されています。
| 類型 | 主な条文 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 会員・入会希望者の経歴詐称や返金制度悪用による入会金・成婚料の詐取 | 刑法246条(詐欺) | 10年以下の拘禁刑 |
| 従業員による会費・成婚料など預り金の着服 | 刑法253条(業務上横領) | 10年以下の拘禁刑 |
| 退職者・従業員が会員名簿(個人情報データベース等)を自己又は第三者の不正な利益を図る目的で提供又は盗用 | 個人情報保護法179条 | 1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 |
| 虚偽の口コミ・風説の流布による信用毀損、偽計による業務妨害 | 刑法233条(信用毀損及び業務妨害) | 3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 |
条文の正確な文言はe-Gov法令検索(刑法)で確認できます。どの類型に当たるかで、集めるべき証拠も告訴・告発の立て付けも変わります。
初動の大原則──証拠保全は告訴・告発より先
被害に気付いた直後は「すぐ警察へ」と考えがちですが、順序としては証拠保全が先です。理由は三つあります。
- 告訴状・告発状には犯罪事実の特定が必要だから。いつ・誰が・どのような手段で・いくらの被害を生じさせたのかを具体的に書く材料が、保全した証拠です。
- デジタル証拠は短期間で消えるから。防犯カメラ映像は一定期間で上書きされる設定が多く、システムのログや操作履歴にも保存期間があります。着手の遅れが決定的な証拠の喪失につながります。
- 相手に動きを察知されると隠滅されるから。本人への問い詰めや周囲への聞き込みが先行すると、データ削除・帳簿の改ざん・口裏合わせを誘発します。
「気付いたその日に、まず残す」。これが結婚相談所の犯罪被害対応の第一原則です。ただし、生命・身体への危険、進行中の犯罪、証拠隠滅のおそれが切迫している場合は、証拠保全と並行して直ちに警察へ相談してください。
類型別・保全すべき証拠と保全の方法
四類型ごとに、押さえるべき証拠は次のとおりです。
- 会員による詐欺:入会申込書、本人確認書類・独身証明書・収入証明の写し、プロフィールの登録内容、面談記録、振込明細など金銭授受の記録、他の会員からの苦情・申告の記録。
- 従業員の業務上横領:会計帳簿と預金通帳の突合資料、レジ・入金管理データ、本人の経理権限を示す職務分掌や雇用契約書、本人が発行した領収書の控え。
- 会員名簿の持ち出し:サーバーやシステムのアクセスログ、対象者のアカウント操作履歴、USB等の接続記録、入社時の秘密保持誓約書。貸与パソコンは電源を入れず操作もせず、現状のまま保管してください。起動しただけで痕跡が上書きされることがあります。
- 虚偽口コミ・業務妨害:投稿のURL・日時・アカウント名が分かるスクリーンショット、解約や問い合わせ減少など実害の記録。投稿は削除される前提で発見即保存が鉄則です。
共通の注意点として、原本やデータの現物には手を加えず、コピーやスクリーンショットには取得日時を残すこと、社内調査は就業規則等の根拠の範囲で行い、経過をメモに残すことが挙げられます。
告訴と告発の違い──刑事訴訟法230条・239条
証拠が固まったら、次は「誰の名前で捜査機関に申告するか」の整理です。
- 告訴は「犯罪により害を被った者」ができるもので(刑事訴訟法230条)、犯人の処罰を求める意思表示を含みます。入会金の詐取、横領、名簿持ち出し、業務妨害のように相談所自身が被害者である場合は告訴です。
- 告発は「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる」(同法239条1項)とされ、被害者以外の第三者による申告です。会員同士の間で結婚詐欺的な金銭被害が起き、被害者が会員本人である場合、相談所は第三者として告発する立場になります。
いずれも、書面又は口頭で検察官又は司法警察員に対して行いますが(同法241条)、行政書士が作成するのは警察署長宛ての書面のみであり、検察庁宛ての書類作成は司法書士または弁護士へご相談ください。また、名誉毀損罪のような親告罪では、犯人を知った日から6か月を経過すると告訴できません(同法235条)。信用毀損罪・業務妨害罪は親告罪ではありませんが、証拠の劣化を考えれば早期の着手に越したことはありません。条文はe-Gov法令検索(刑事訴訟法)で確認できます。
初動から告訴・告発までの5ステップ
実務上の順序を整理すると、次の流れになります。
- ステップ1:事実の把握と時系列整理。いつ・誰が・何をしたのかを判明している範囲で時系列表にし、憶測と事実を分けて書きます。
- ステップ2:証拠保全。前章の類型別リストに沿って、消える順(ログ・映像・投稿)から確保します。
- ステップ3:社内措置と二次被害の遮断。対象者のシステムアクセス権限の停止、会員データの持ち出し経路の遮断、経理権限の変更などを、証拠保全が済んだ後に実施します。
- ステップ4:漏えいがある場合の法定対応。会員名簿の不正な持ち出しなど、不正の目的をもって行われたおそれがある行為による個人データの漏えい等は、件数にかかわらず個人情報保護委員会への報告と本人への通知の対象です(個人情報保護法26条)。詳細は個人情報保護委員会の案内ページで確認できます。
- ステップ5:専門家への相談と告訴状・告発状の作成。犯罪事実を特定し、証拠目録を添えた書面に仕上げます。警察署長宛ての書類の作成は行政書士が担い、検察庁宛ては司法書士または弁護士へご相談ください。受理後の捜査対応や示談交渉が見込まれる事案では、当初から弁護士を交えた体制を組みます。
やってはいけない初動対応
善意や焦りからの行動が、かえって事態を悪化させる例が少なくありません。
- 本人をいきなり問い詰める。証拠保全前の対面追及は、データ削除や口裏合わせを招く典型的な失敗です。
- SNSや自社サイトで相手を名指しで非難する。事実であっても摘示の仕方によっては、逆にこちらが名誉毀損等を問われるリスクがあります。
- 独断で懲戒解雇する。手続を誤ると解雇無効を争われ、刑事と労務の二正面作戦になります。処分の設計は弁護士・社会保険労務士の領域です。
- 証拠の現物を操作・改変する。貸与パソコンの中を自分で調べる行為は、証拠価値を損ないかねません。
結婚相談所の犯罪被害対応|告訴状・告発状の作成サポート
行政書士法人Treeでは、結婚相談所をはじめとする事業者の犯罪被害について、事実関係のヒアリング、時系列表・証拠目録の整理、犯罪事実を特定した警察署長宛ての告訴状・告発状の作成をお手伝いしています。報酬は告訴状・告発状の作成 38,280円(税込)〜で、事案の複雑さにより変動します。
なお、行政書士がお引き受けできるのは警察署長宛ての告訴状・告発状の作成までです。検察庁(検察官)宛てのものは司法書士または弁護士へご相談ください。提出先の選定に関する助言、受理後の捜査への対応、示談交渉、刑事手続の代理は弁護士の業務であり、当事務所では行いません。これらが必要な事案では、提携弁護士のご紹介を含めて適切な窓口へおつなぎします。詳しくは告訴状・告発状作成サポートのご案内をご覧ください。ご相談は何度でも無料です。
告訴状・告発状の作成でお困りの方へ。行政書士法人Treeでは、警察署(司法警察員)に提出する告訴状・告発状について、事実関係と証拠を整理した書面の作成を承ります。書類作成に関するご相談は何度でも無料です。※検察庁に提出する書類の作成は司法書士・弁護士の業務です。また、提出先の選定に関する法的助言、告訴の代理、受理後の捜査対応や示談交渉は弁護士の業務であり、当法人では取り扱いません。
まとめ
結婚相談所の犯罪被害対応は、「証拠保全→社内措置→法定報告→告訴・告発」の順序を守れるかどうかで結果が変わります。詐欺は刑法246条、横領は同253条、名簿を不正な利益を図る目的で提供・盗用した場合は個人情報保護法179条、虚偽口コミは刑法233条と、類型ごとに条文と証拠が対応しています。被害者として申告するなら告訴(刑事訴訟法230条)、会員の被害を第三者として申告するなら告発(同239条1項)です。消えやすい証拠から確保し、書面の作成は行政書士、捜査対応・示談は弁護士という役割分担で、早めに専門家へご相談ください。
結婚相談所の犯罪被害対応に関するよくある質問
Q:被害届と告訴はどう違いますか?
A:被害届は被害事実を捜査機関に申告するもので、告訴は被害事実の申告に加えて犯人の処罰を求める意思表示を含むものです(刑事訴訟法230条)。告訴を受けた司法警察員には書類及び証拠物を速やかに検察官へ送付する義務があり、検察官には処分結果を告訴人へ通知する義務があります。犯罪事実を特定した書面を整えて臨むのが実務的です。
Q:会員が結婚詐欺の被害に遭った場合、相談所として告発できますか?
A:できます。刑事訴訟法239条1項により、何人でも犯罪があると思料するときは告発が可能です。ただし金銭被害の立証には被害会員本人の資料と供述が不可欠なため、本人の意向を確認し、本人による告訴と並行するかたちが現実的です。
Q:従業員の横領が疑われます。まず本人に確認してもよいですか?
A:おすすめしません。証拠保全前に問い詰めると、データ削除や帳簿改ざんなど隠滅を誘発します。まず帳簿・通帳・入金記録など客観資料を突き合わせ、事実の輪郭が固まってから対応を検討してください。懲戒処分の設計は弁護士・社会保険労務士の領域です。
Q:会員名簿が持ち出された場合、警察への相談だけで足りますか?
A:足りません。不正の目的で行われたおそれがある個人データの漏えいは、件数にかかわらず個人情報保護委員会への報告と本人への通知の対象です(個人情報保護法26条)。刑事の手続と行政上の報告義務は別枠で進める必要があります。
Q:告訴状を出せば必ず受理されますか?
A:受理が保証されるわけではありません。犯罪事実の特定が不十分だったり証拠の裏付けが弱かったりすると、補充を求められることがあります。だからこそ証拠保全を先行させることが重要です。受理後の捜査対応は弁護士の業務となります。
※ 本記事は執筆時点の法令・実務に基づき細心の注意を払って執筆しておりますが、内容の正確性・完全性・最新性を保証するものではなく、誤記・脱漏等があった場合でも当事務所は一切の責任を負いません。法令・実務の取扱いは改正・運用変更により変動します。個別具体的な事案・手続については、必ず行政書士・弁護士・税理士・司法書士・信託銀行等の専門家にご確認のうえご判断ください。


