公開日:2026年5月13日
会社経営において、取締役・執行役員・社外取締役といった役員的ポジションへの就任を求める際、雇用契約書ではなく「委任契約書」を作成するのが法的に正しい対応です。会社法330条が「株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う」と明記しているとおり、取締役と会社の関係は雇用ではなく委任であり、両者には善管注意義務(民法644条)・忠実義務(会社法355条)が課される一方、労働基準法・労働契約法の保護は原則として及びません。一方、執行役員や使用人兼務取締役のように、業務執行と労働者性が交錯するポジションでは、委任契約と労働契約の境界が曖昧になり、報酬の決定権者・退任手続・損害賠償・競業避止の取扱いをめぐって実務上の難問が生じます。本記事では、役員委任契約書の作成実務を、取締役・執行役員・社外取締役・使用人兼務取締役の類型別に整理し、労働契約との境界、必須記載事項、紛争予防のポイントを実務目線で解説します。
本記事の結論:
- 取締役と会社の関係は会社法330条により委任契約。雇用契約ではないため、労働基準法・労働契約法の解雇規制は原則適用されない。
- 役員委任契約書の必須記載は、職務内容・善管注意義務(民法644条)・忠実義務(会社法355条)、報酬、任期と再任、解任時の取扱い(会社法339条)、競業避止・秘密保持、D&O保険・補償契約、退任後競業避止特約。
- 執行役員(取締役未就任)は委任型と雇用型に分かれ、契約形態で労働法適用の有無が変わる。契約書冒頭で性質を明確化することが紛争予防の要。
- 当所は役員委任契約書・執行役員契約書の作成と、役員報酬規程・退職慰労金規程との整合設計までご支援。登記反映は司法書士、税務は税理士をご紹介します。
役員委任契約書・執行役員契約書作成サポート
取締役・執行役員・社外取締役の委任契約書を、会社法・民法の規律に整合させて作成します。報酬・任期・解任・競業避止・秘密保持・D&O保険条項まで、企業のガバナンス設計に合わせて条項設計をご支援します。役員報酬規程・退職慰労金規程との連動も整備します。
目次
根拠法令
- 会社法 第330条(株式会社と役員等との関係)
- 会社法 第331条〜第335条(取締役・監査役の資格・任期)
- 会社法 第339条(役員の解任)
- 会社法 第355条(取締役の忠実義務)
- 会社法 第356条・第365条(競業取引・利益相反取引)
- 会社法 第361条(取締役の報酬等)
- 会社法 第423条(役員等の損害賠償責任)
- 会社法 第430条の2・430条の3(補償契約・役員等賠償責任保険)
- 民法 第643条〜第656条(委任)
- 労働基準法・労働契約法(執行役員・使用人兼務取締役の労働者性判断)
役員ポジションの類型と契約形態
取締役(会社法上の役員)
会社法330条により会社との関係は委任契約。雇用契約ではないため、労働基準法・労働契約法の解雇規制は原則として適用されません。代表取締役・業務執行取締役・社外取締役はいずれも委任契約者です。報酬は定款または株主総会決議で定める必要があります(会社法361条)。
執行役員(会社法上の役員ではない)
「執行役員」は会社法上の機関ではなく、社内呼称・職階の一種です。取締役には就任せず、業務執行を担う上級管理職的ポジションとして設計されます。執行役員契約は委任型・雇用型のいずれも可能で、契約形態によって労働法の適用有無が変わります。「委任型執行役員」は労働者性なし、「雇用型執行役員」は労働者性あり、と整理されます。
社外取締役(会社法2条15号)
会社・親会社・子会社の業務執行者でない取締役で、独立した立場から経営を監督する役割を担います。会社法上は通常の取締役と同じく委任契約者ですが、契約書では独立性確保・職務範囲限定・情報アクセス権・D&O保険等の条項設計が重要です。
使用人兼務取締役
取締役の地位と従業員(使用人)の地位を兼ねるポジションです。取締役部分は委任契約、使用人部分は雇用契約となり、二重契約構造です。実務上、使用人部分の給与は損金算入可能(一定要件下)、取締役部分の報酬は定款・株主総会決議が必要、と税務・会社法の取扱いが分かれます。
役員委任契約書の必須記載事項
職務内容と善管注意義務
「乙は、甲の取締役(または社外取締役・執行役員)として、会社法および甲の定款・取締役会規程・職務権限規程に基づき、善良なる管理者の注意義務(民法644条)および忠実義務(会社法355条)をもって職務を遂行する。」
報酬の定め
取締役報酬は定款または株主総会決議で定めることが必要(会社法361条)です。契約書では「乙の報酬は、甲の株主総会決議に基づき、年額○○円とする。賞与・退職慰労金については別途定める役員報酬規程・退職慰労金規程による。」と規定します。
任期と再任
「乙の任期は、就任日から○年(または定款で定める任期)とし、任期満了後の取締役会・株主総会の決議により再任することができる。」公開会社の取締役任期は2年(監査役は4年)、非公開会社は最長10年まで定款で定められます。
解任の取扱い
会社法339条により取締役は株主総会の特別決議でいつでも解任可能ですが、「正当な事由」なき解任の場合、会社は損害賠償責任を負います。契約書では「解任時の損害賠償額の算定方法」「残任期分の報酬保証」等を定めることがあります(過度な保証は無効リスク)。
競業避止義務(在任中・退任後)
在任中の競業取引・利益相反取引は会社法356条・365条で取締役会承認が必要。退任後の競業避止は「期間(1〜2年)」「地域」「業種」「対価(退職慰労金との連動)」を明確化しないと公序良俗違反として無効になるリスクがあります。
秘密保持義務
在任中・退任後の機密情報・営業秘密の保持義務、退任時の資料返還義務、違反時の損害賠償・差止請求権を明記します。
D&O保険・補償契約
会社法430条の2・430条の3により、役員等への補償契約・D&O保険の付保根拠が明文化されました。契約書で「甲は乙のために役員等賠償責任保険(D&O保険)を付保する」「甲は乙の職務執行に伴う費用・損害を補償契約に基づき補償する」旨を定めます。
委任契約と労働契約の境界
取締役は労働者か
原則として労働者性なし。ただし、(1)業務執行の独立性が形式的に過ぎず実質は会社の指揮命令下にある、(2)報酬が役員報酬ではなく実質賃金、(3)使用人兼務取締役の使用人部分、といったケースでは部分的に労働者性が認められます。判例上、肩書だけで判断せず、実態で判定されます。
執行役員の労働者性判定
労働基準法上の労働者性は「使用従属性」(指揮命令下、報酬の労務対価性)で判定されます。委任型執行役員は、独立した業務執行・成果報酬・自由な勤務時間設計などで労働者性を否定する設計が必要です。雇用型執行役員は、就業規則・労働時間管理・社会保険被保険者適用が必要です。
解雇規制の有無
取締役は会社法339条でいつでも解任可能(正当事由なき解任は損害賠償責任)。雇用契約上の労働者は労働契約法16条の解雇権濫用法理が適用され、合理的理由・社会通念上の相当性が必要です。委任型執行役員は会社法ではなく民法651条(委任の解除)で随時解除可能です。
退任時の論点
退職慰労金
株主総会決議または定款で支給金額・算定方法・支給時期を定めることが必要(会社法361条)です。退職慰労金規程に基づき具体額を取締役会一任とする方式も実務上多用されます。
退任後の競業避止特約
期間(一般に1〜2年)、地域、業種、対価(退職慰労金等との連動)を明確化。長期間・広範囲・無対価の特約は無効になりやすく、判例は「使用者の正当な利益」「労働者・役員の制約程度」を慎重に衡量します。
未行使ストックオプション・株式報酬の取扱い
退任時の未行使ストックオプション・譲渡制限付株式(RS)・パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU)の権利確定・失効条件を契約書または別途付与契約書で明記します。
取締役の善管注意義務・忠実義務の具体例
経営判断原則
取締役は経営判断において、(1)判断時に必要な情報収集を尽くし、(2)合理的な判断過程を経て、(3)著しく不合理でない判断を下す限り、結果として会社に損害が生じても責任を負わないという「経営判断原則」(最判平成22年7月15日)が確立しています。契約書では、取締役会・経営会議への上程ルール、稟議手続の整備義務などを明記して、判断過程の証跡を残す体制を構築します。
監視義務
取締役は他の取締役・使用人の業務執行を監視する義務があります(最判昭和48年5月22日)。代表取締役・業務執行取締役の不正行為を見過ごした非業務執行取締役・社外取締役も、監視義務違反として責任を負う可能性があります。契約書では、内部統制システムの整備義務、内部通報制度の活用義務などを明記します。
競業取引・利益相反取引の承認
取締役が会社と同種の事業を行う場合(競業取引)、または会社と取引する場合(利益相反取引)には、取締役会の事前承認が必要です(会社法356条・365条)。承認なき取引は会社に対する損害賠償責任の基礎となります。契約書では、こうした取引の承認手続・報告義務を明記します。
役員報酬の設計と税務
定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与
役員報酬を法人税の損金として算入するには、(1)定期同額給与(毎月同額)、(2)事前確定届出給与(株主総会・取締役会で事前確定し税務署届出)、(3)業績連動給与(一定の業績指標に連動)、のいずれかに該当する必要があります(法人税法34条)。契約書での報酬条項は、これらの税務要件と整合させる設計が必須です。
退職慰労金の損金算入
退職慰労金は、退任時の株主総会決議に基づき支給される場合、原則として損金算入可能です。ただし、不相当に高額な部分は損金不算入となります。算定根拠(在任期間・最終報酬月額・功績倍率等)を退職慰労金規程で明確化することが税務リスク低減に有効です。
ストックオプション・株式報酬の税務
ストックオプション・譲渡制限付株式・パフォーマンス・シェア・ユニットの付与・行使・売却時の税務処理は複雑です。役員委任契約書とは別に、付与契約書・規程で詳細を定め、税務上の取扱いは税理士確認が必須です。
業務範囲の整理
行政書士業務として可能な範囲:
- 役員委任契約書・執行役員契約書・社外取締役契約書の原案作成
- 役員報酬規程・退職慰労金規程・職務権限規程の整備
- 競業避止特約・秘密保持特約の文書化
- D&O保険・補償契約条項の文案化
行政書士の業務範囲外(他士業の業務):
- 取締役登記・代表取締役選定登記等の商業登記申請(司法書士業務/司法書士法3条1項1号)
- 役員報酬の損金算入判定・税務申告(税理士業務/税理士法2条)
- D&O保険の保険契約締結代理(保険代理店業務)
- 解任無効・損害賠償請求等の訴訟代理(弁護士業務/弁護士法72条)
- 労働者性争訟(労働審判・訴訟)の代理(弁護士業務)
- 就業規則の届出・社会保険被保険者資格手続(社会保険労務士業務)
当事務所では、役員委任契約書・執行役員契約書・関連規程の作成までを行政書士業務として承ります。登記は提携司法書士、税務は提携税理士、紛争性ある事案は提携弁護士をご紹介する体制でご支援します。
FAQ|よくあるご質問
Q1. 取締役にも雇用保険は適用されますか?
A. 原則として取締役は雇用保険対象外です。使用人兼務取締役の使用人部分は対象となる場合があります。
Q2. 役員報酬を契約書で具体的金額まで決められますか?
A. 株主総会決議または定款で「総額の上限」を定め、契約書で個別額を確定する運用が一般的です。総額決議のない個別契約は無効リスクがあります。
Q3. 執行役員から取締役に昇格する場合、契約書はどうしますか?
A. 執行役員契約を一旦終了し、新たに取締役委任契約を締結する設計が明確です。雇用型執行役員からの昇格時は、雇用契約の取扱い(合意退職または継続)も整理します。
Q4. 社外取締役の独立性確保のため、契約書で何を定めますか?
A. 業務執行への不関与、独立した情報アクセス権、独立した法律顧問への相談権、利益相反取引時の対応、D&O保険の付保等を明記します。
Q5. 退任後の競業避止は何年が妥当ですか?
A. 業種・職位・対価により異なりますが、一般的には1〜2年が判例上認容されやすい範囲です。長期間・広範囲・無対価は無効リスクがあります。
Q6. 任期途中で会社が解任した場合、損害賠償はもらえますか?
A. 会社法339条により正当な事由なき解任は損害賠償責任が発生します。残任期分の報酬相当額が一般的な算定基準です。
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まとめ
役員委任契約書は、会社法330条に基づき会社と役員(取締役・社外取締役)の関係を委任として規律する文書で、労働契約とは性質が大きく異なります。必須記載事項は、職務内容・善管注意義務・忠実義務、報酬(株主総会決議・規程との連動)、任期と再任、解任時の取扱い(会社法339条・損害賠償)、競業避止・秘密保持、D&O保険・補償契約(会社法430条の2・430条の3)、退任時の規律(退職慰労金・退任後競業避止)です。執行役員は会社法上の役員ではなく、委任型・雇用型のいずれかを契約形態で明確化する必要があり、雇用型は労働法が全面適用されます。使用人兼務取締役は委任部分と雇用部分の二重構造となり、税務・会社法の取扱いが分かれます。当事務所では役員委任契約書・執行役員契約書・関連規程の作成までを行政書士業務として承り、登記・税務・労務・紛争対応は提携士業をご紹介する体制でご支援します。
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