自宅やアパート、店舗が放火された——。火災の被害は財産の損失にとどまらず、住まいや生業そのもの、そして日常の安全感を一度に奪います。放火は刑法第108条以下で「公共の危険に対する罪」として重く処罰され、なかでも現住建造物等放火罪の法定刑は死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑と、殺人罪と並ぶ重さが定められています。
ところが被害者の側から見ると、放火事件はきわめて扱いにくい類型です。火災現場は消火活動によって大きく攪乱され、燃焼によって痕跡そのものが失われます。「放火なのか失火なのか」「誰の行為なのか」がはっきりしないまま日数が経過し、警察に相談しても「消防の火災調査の結果を待ちましょう」と言われて足踏みする、という状況も珍しくありません。
本記事では、刑法第108条現住建造物等放火罪の成立要件を条文と判例に即して整理したうえで、消防の火災調査と警察捜査の役割分担、被害届と告訴状の法的な違い、被害者側で残しておくべき資料、そして警察署長(司法警察員)宛ての告訴状に何を書くべきかを実務目線で解説します。
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目次
放火罪の全体構造|刑法108条・109条・110条の三段構造
放火罪を理解する第一歩は、刑法が放火の対象となった物(客体)によって罪名と法定刑を三段階に分けている点を押さえることです。個人の財産に対する罪である器物損壊罪などと異なり、放火罪が保護しているのは第一次的には不特定又は多数の人の生命・身体・財産の安全という公共の安全であり、そのうえで個人の財産も併せて保護していると理解されています。火は制御を離れれば延焼して被害が無限定に拡大するため、法はこれを特に重く扱っているわけです。
客体による三段階の区別
刑法第108条は「放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する」と定めます。これが現住建造物等放火罪です。
第109条第1項は、現に人が住居に使用せず、かつ現に人がいない建造物・艦船・鉱坑を焼損した場合を非現住建造物等放火罪として、二年以上の有期拘禁刑と定めています。同条第2項は、その物が自己の所有に係るときは六月以上七年以下の拘禁刑とし、ただし公共の危険を生じなかったときは罰しないとしています。
第110条第1項は、前二条に規定する物以外の物、たとえば自動車・自転車・ごみ集積所の可燃物などを焼損し、よって公共の危険を生じさせた場合を建造物等以外放火罪として一年以上十年以下の拘禁刑と定め、同条第2項は自己所有物の場合を一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金としています。
抽象的危険犯と具体的危険犯の違い
この三段構造には、立証上きわめて重要な違いが組み込まれています。第108条と第109条第1項は、条文上「公共の危険を生じさせた」という要件を置いていません。これらは抽象的危険犯とされ、公共の危険の発生が構成要件要素とされていないため、検察官が現実の危険発生を個別に立証する必要はありません。
これに対して第109条第2項と第110条は、条文上「公共の危険」の発生を明示的に要件としています。これらは具体的危険犯であり、現実に公共の危険が生じたことの立証が必要です。被害者としては、自分の被害がどの類型に当たるかによって、警察・検察が求める資料の質と量が変わってくることを理解しておくと、証拠整理の方向性を誤りません。
関連条文と法定刑の一覧
| 条文 | 罪名 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 第108条 | 現住建造物等放火 | 死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑 |
| 第109条第1項 | 非現住建造物等放火(他人所有) | 2年以上の有期拘禁刑 |
| 第109条第2項 | 非現住建造物等放火(自己所有) | 6月以上7年以下の拘禁刑(公共の危険を生じなかったときは不可罰) |
| 第110条第1項 | 建造物等以外放火(他人所有) | 1年以上10年以下の拘禁刑 |
| 第110条第2項 | 建造物等以外放火(自己所有) | 1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金 |
| 第111条第1項 | 延焼(109条2項・110条2項から108条・109条1項の物へ) | 3月以上10年以下の拘禁刑 |
| 第111条第2項 | 延焼(110条2項から110条1項の物へ) | 3年以下の拘禁刑 |
| 第113条 | 放火予備(108条・109条1項が対象) | 2年以下の拘禁刑(情状により免除可) |
| 第114条 | 消火妨害 | 1年以上10年以下の拘禁刑 |
| 第116条 | 失火 | 50万円以下の罰金 |
| 第117条の2 | 業務上失火・重過失失火 | 3年以下の拘禁刑又は150万円以下の罰金 |
なお、令和4年法律第67号による刑法改正により、従前の「懲役」と「禁錮」は拘禁刑に一本化され、令和7年(2025年)6月1日から施行されています。放火罪に関する各条文も現在は拘禁刑で規定されており、古い解説記事に残る「懲役」表記は現行法の表記ではありません。
刑法108条 現住建造物等放火罪の成立要件
告訴状を組み立てるうえでは、条文を要件ごとに分解し、それぞれに対応する資料を割り付けていく作業が中核になります。第108条の要件は、大きく「放火して」「現に人が住居に使用し又は現に人がいる」「建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑」「焼損した」「故意」の5つに分解できます。
「放火して」——実行行為
「放火」とは、目的物の焼損に向けて火を放つ行為をいいます。直接に客体へ点火する場合に限られず、新聞紙・灯油をしみ込ませた布・段ボールなどの媒介物に点火して客体へ延焼させる方法も含まれます。実務上は、玄関先に積まれた新聞や郵便物、自転車のサドル、集合住宅の共用部に置かれた可燃物、ドアポストへの着火剤の投入といった態様が問題になります。
ここで重要なのは、媒介物に火をつけた時点で「実行の着手」が認められうるという点です。建物本体が燃えていなくても、未遂罪(第112条)の成否が問題になる場面であり、被害者としては着火の痕跡そのものが独立した証拠価値をもつことを意識してください。
「現に人が住居に使用し又は現に人がいる」——現住性・現在性
「現に人が住居に使用し」(現住性)とは、その建造物が起臥寝食の場として日常的に使用されていることを指します。放火の瞬間に人が中にいる必要はありません。他方「現に人がいる」(現在性)とは、住居として使用されていなくても、放火の時点で人が現在していることをいいます。オフィスビル・倉庫・工場などは、通常は住居ではありませんが、警備員や作業員が在館していれば現在性が認められます。
そしてここでいう「人」は、犯人以外の者を指すと解されています。したがって、犯人が単身で居住する自宅に火を放った場合は第108条ではなく第109条または第110条の問題となり、逆に家族と同居する自宅に放火すれば、犯人以外の家族が居住している以上、第108条の現住建造物等放火罪が成立しうることになります。家庭内トラブルに起因する放火事件で罪名が争われるのは、まさにこの点です。
「建造物」——客体の範囲
建造物とは、屋根があり壁または柱によって支えられ、土地に定着し、人の出入りができる構造物をいうと理解されています。物置・車庫・門扉などが「建造物」に当たるか、それとも第110条の「前二条に規定する物以外の物」にとどまるかは、構造の独立性と本体建物との一体性によって判断されます。
また、建造物の一部といえるかどうかは、毀損しなければ取り外せない程度に建物と接合しているかという観点から判断するのが基本です。畳や襖のように容易に取り外せる物は建造物の一部とはされない一方、天井板・床板・壁面などは建造物の一部を構成します。
「焼損」——既遂時期をめぐる独立燃焼説
放火罪の既遂時期を画するのが「焼損」の概念です。判例は一貫して独立燃焼説を採用しており、大審院大正7年3月15日判決以来、火が媒介物を離れて目的物に燃え移り、独立して燃焼を継続しうる状態に達した時点で既遂になると解されています。
この立場によれば、建物全体が焼け落ちる必要はまったくなく、壁面や天井の一部が独立して燃焼を始めた段階で既遂です。実際、最高裁平成元年7月7日決定は、12階建て集合住宅の内部に設置されたエレベーターのかご内で火を放ち、側壁として使用されている化粧鋼板の表面約0.3平方メートルを燃焼させた行為について、現住建造物等放火罪の成立を認めた原審の判断を正当としています。
被害者にとってこの点は実務的に重要です。「ボヤで済んだ」「大した被害ではない」と思える程度の焼損であっても、法的には既遂の重罪が成立している可能性があるからです。被害が軽微に見えることを理由に通報や記録化をためらう必要はありません。
故意
第108条は故意犯ですから、放火して客体を焼損することの認識・認容が必要です。もっとも、殺意までは要件ではありません。なお、第110条の建造物等以外放火罪について、最高裁昭和60年3月28日判決は、同条の罪が成立するには客体を焼損する認識が必要であるものの、その結果として公共の危険を発生させることまでを認識する必要はないと判示しています。
「現住性」の判断が争われた主要裁判例
現住性は、罪名が第108条になるか第109条になるかを左右し、法定刑が劇的に変わる分岐点です。そのため裁判例の蓄積があり、被害者側が事実関係を整理する際の指針になります。
複合建造物の一体性——平安神宮事件
最高裁平成元年7月14日決定は、平安神宮の社殿に放火された事案について、本殿・拝殿・社務所等の建物が回廊等で接続され、夜間も神職等が社務所等で宿直していたという事情のもとで、社殿全体を一個の現住建造物と認めました。
この判断枠組みは、複数の建物が接続した構造での被害を考える際の手がかりになります。たとえば渡り廊下でつながった旅館の別棟、母屋と接続された離れ、共用階段でつながった長屋形式の集合住宅などで、放火された部分自体には人が住んでいなくても、物理的な接続状況と機能的な一体性によって全体が一個の現住建造物と評価される余地があるということです。したがって、被害者側の資料整理では「どこに火をつけられたか」だけでなく、建物全体の配置・接続関係・居住実態を図面や写真で示すことが有効になります。
建造物の一部としてのエレベーター
前述の最高裁平成元年7月7日決定は、集合住宅内部のエレベーターのかごの側壁が建造物の一部を構成することを前提に、その一部の焼損で現住建造物等放火罪の既遂を認めたものと理解されています。マンションの共用部(エレベーター、内階段、共用廊下、ごみ置き場等)における放火は、建物の構造上の一体性ゆえに第108条の問題となりうる、という点は押さえておくべきでしょう。
一時的に人が不在でも現住性は失われない
最高裁平成9年10月21日決定は、競売手続の妨害目的で従業員を交替で泊まり込ませていた家屋について、放火前に当該従業員を旅行に連れ出していた事案で、現住性を肯定しました。従業員は旅行後に再び交替宿泊が継続されると認識していたことなどから、寝起きのために日常使用されるという使用形態に変更はなかったと評価されたものです。
この判断は、被害者側にとって重要な示唆を含みます。長期出張中、入院中、季節的に不在にしている別荘や実家などが放火された場合でも、居住実態が継続していることを示せれば現住建造物等放火罪として扱われる可能性があるということです。公共料金の使用実績、郵便物の配達状況、家財の設置状況、近隣住民の目撃といった資料が、この点の裏付けになります。
未遂・予備・延焼・消火妨害|関連規定と失火罪との境界
未遂罪と予備罪
刑法第112条は、第108条および第109条第1項の罪の未遂を処罰すると定めています。媒介物への着火はしたが建物が独立燃焼するに至らなかった場合、あるいは着火行為に及んだが直ちに消し止められた場合が典型です。
さらに第113条は、第108条または第109条第1項の罪を犯す目的でその予備をした者を二年以下の拘禁刑に処すると定め、ただし情状により刑を免除することができるとしています。灯油やガソリンを準備して現場付近に持ち込む、着火器具を用意して張り込むといった行為が想定されます。実害が生じていない段階でも犯罪が成立しうるという点は、繰り返し不審な予兆がある被害者にとって知っておく価値のある規定です。
延焼罪と消火妨害罪
第111条は延焼を規定します。第109条第2項または第110条第2項の罪(自己所有物への放火)を犯し、その結果として第108条または第109条第1項に規定する物に延焼させたときは三月以上十年以下の拘禁刑、第110条第2項の罪を犯して同条第1項の物に延焼させたときは三年以下の拘禁刑です。自分の所有物を燃やしたつもりが隣家に延焼した、という事案がこれに当たります。
第114条の消火妨害罪は、火災の際に消火用の物を隠匿・損壊し、その他の方法により消火を妨害した者を一年以上十年以下の拘禁刑に処するものです。消火栓や消火器を使えなくする、消防車の進入路を故意にふさぐといった行為が該当します。
自己所有物であっても「他人の物」として扱われる特例
第115条は見落とされやすい規定です。第109条第1項および第110条第1項の物が自己の所有に係るものであっても、差押えを受け、物権を負担し、賃貸し、配偶者居住権が設定され、又は保険に付したものを焼損したときは、他人の物を焼損した者の例によるとされています。
実務上とりわけ重要なのが「保険に付した」という文言です。火災保険を付した自己所有の建物に火を放った場合、自己所有物への放火として軽く扱われるのではなく、他人所有物への放火と同じ重さで処断されます。保険金目的の自作自演型の事案では、この第115条と保険金詐欺(刑法第246条)の双方が問題になりえます。関連する論点は保険金詐欺の告訴状・告発状|虚偽事故・自損自演・診断書偽造への対応と公訴時効でも整理しています。
失火罪との境界
故意がなければ放火罪は成立せず、失火罪の問題となります。第116条第1項は、失火により第108条に規定する物または他人所有の第109条に規定する物を焼損した者を五十万円以下の罰金に処するとし、同条第2項は、失火により自己所有の第109条の物または第110条の物を焼損して公共の危険を生じさせた者も同様とします。
さらに第117条の2は、これらの行為が業務上必要な注意を怠ったことによるとき、または重大な過失によるときは、三年以下の拘禁刑又は百五十万円以下の罰金に処すると定めています。飲食店の厨房管理、寝たばこ、ストーブの取扱い、電気設備の管理不備などが問題になる領域です。業務上の過失が絡む事案の書面については、業務上過失致死傷罪の告発状作成|成立要件・立証・警察署長宛て書面を解説も参考になります。
被害者の立場からは、放火(故意)と失火(過失)のどちらであるかを最初から断定する必要はありません。むしろ断定を避け、観察できた客観的事実を正確に記録することが重要です。故意の有無は最終的に捜査機関と裁判所が判断する事項であり、被害者が推測を交えて事実を歪めると、かえって書面全体の信用性を損ないます。
放火事件の公訴時効
公訴時効は、刑事訴訟法第250条が法定刑に応じて定めています。同法第253条第1項により、時効は犯罪行為が終わった時から進行します。放火罪の各類型に対応する期間は次のとおりです。
| 罪名(条文) | 法定刑の上限 | 公訴時効 |
|---|---|---|
| 現住建造物等放火(108条) | 死刑 | 25年(250条2項1号) |
| 非現住建造物等放火・他人所有(109条1項) | 有期拘禁刑の上限20年 | 10年(250条2項3号) |
| 非現住建造物等放火・自己所有(109条2項) | 7年 | 5年(250条2項5号) |
| 建造物等以外放火・他人所有(110条1項) | 10年 | 7年(250条2項4号) |
| 建造物等以外放火・自己所有(110条2項) | 1年 | 3年(250条2項6号) |
| 延焼(111条1項) | 10年 | 7年 |
| 放火予備(113条) | 2年 | 3年 |
| 消火妨害(114条) | 10年 | 7年 |
| 失火(116条) | 罰金 | 3年 |
| 業務上失火・重過失失火(117条の2) | 3年 | 3年 |
現住建造物等放火罪は死刑に当たる罪であるため、刑事訴訟法第250条第2項第1号により25年という長い期間が確保されています。他方で、被害の中心が自動車など建造物以外の物であった場合、第110条第1項の公訴時効は7年と短く、時間の経過が現実的なリスクになります。
また、放火により人が死亡し殺人罪(刑法第199条)が成立する場合、殺人罪は人を死亡させた罪であって死刑に当たる罪であり、刑事訴訟法第250条第1項・第2項のいずれにも該当しないため、公訴時効は完成しません。
もっとも、時効期間が残っていることと、捜査が実効的に行われることは別問題です。放火事件は物的証拠が燃焼で失われやすく、防犯カメラの映像も上書きされます。時効を根拠に「まだ時間がある」と考えるのではなく、できるだけ早期に記録を確定させるという発想が必要です。
被害届と告訴状の違い|告訴の法的効果と提出先
制度上の位置づけ
被害届は、犯罪の被害に遭った事実を捜査機関に申告する届出です。犯罪捜査規範第61条第1項は、警察官は犯罪による被害の届出をする者があったときは、管轄区域の事件であるかどうかを問わずこれを受理しなければならないと定めています。
これに対して告訴は、刑事訴訟法第230条が「犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる」と定めるもので、被害事実の申告にとどまらず犯人の処罰を求める意思表示を含みます。被害者が死亡した場合には、同法第231条第2項により配偶者・直系の親族・兄弟姉妹が告訴をすることができ、被害者の法定代理人は同条第1項により独立して告訴をすることができます。
告訴に伴う手続上の効果
告訴が受理されると、被害届にはない手続的な効果が発生します。
- 刑事訴訟法第242条——司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。
- 刑事訴訟法第260条——検察官は、告訴のあった事件について公訴を提起し、又はこれを提起しない処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人に通知しなければならない。
- 刑事訴訟法第261条——検察官は、告訴のあった事件について公訴を提起しない処分をした場合において、告訴人の請求があるときは、速やかにその理由を告げなければならない。
- 犯罪捜査規範第67条——告訴又は告発があった事件については、特にすみやかに捜査を行うように努めなければならない。
つまり、告訴には事件の帰趨について報告を受ける地位を確保するという実質的な意味があります。放火事件のように捜査が長期化しやすい類型では、この点は無視できません。
放火罪は親告罪ではない
誤解されやすい点ですが、放火罪は親告罪ではありません。したがって、告訴がなくても捜査・起訴は可能ですし、刑事訴訟法第235条が定める「犯人を知った日から六箇月」という告訴期間の制限も、親告罪についての規定であるため放火罪には適用されません。
それでもなお告訴状を作成する意味があるのは、上記の通知・理由告知の仕組みに加えて、散在する事実と証拠を一つの書面に体系的に整理して提示できる点にあります。口頭の相談では伝わりきらない時系列・関係性・証拠の所在を、書面として捜査機関の手元に残せることの価値は小さくありません。
提出先は警察署長(司法警察員)
刑事訴訟法第241条第1項は、告訴又は告発は書面又は口頭で検察官又は司法警察員にしなければならないと定めています。行政書士が作成する告訴状は、警察署長(司法警察員)宛てのものに限られます。犯罪捜査規範第63条第1項は、司法警察員たる警察官は、告訴をする者があったときは管轄区域内の事件であるかどうかを問わずこれを受理しなければならないと定めています。
なお、同規範第66条第1項は、被害者の委任による代理人から告訴を受ける場合には委任状を差し出させなければならないと定めています。告訴そのものを代理人が行うことは法律事務にあたるため、行政書士が代理人として告訴を行うことはできません。告訴状の作成と、その提出主体である告訴人本人による提出とは、明確に区別して考える必要があります。
消防の火災調査と警察捜査|被害者が押さえるべき役割分担
放火事件が他の犯罪類型と決定的に違うのは、警察と並んで消防機関が法律上の調査権限をもつ点です。この構造を理解していないと、どこに何を求めればよいのか分からないまま時間を失います。
消防法が定める火災原因調査
消防法第31条は、消防長又は消防署長は、消火活動をなすとともに火災の原因並びに火災及び消火のために受けた損害の調査に着手しなければならないと定めています。これは権限であると同時に義務です。
第32条第1項は、この調査のため必要があるときは関係のある者に対して質問し、火災の原因である疑いがあると認められる製品を製造・輸入した者に対して必要な資料の提出を命じ、若しくは報告を求めることができるとし、同条第2項は関係のある官公署に対し必要な事項の通報を求めることができるとしています。
第33条は、消防長又は消防署長及び関係保険会社の認めた代理者は、火災の原因及び損害の程度を決定するために、火災により破損され又は破壊された財産を調査することができると定めています。火災保険会社の鑑定人が現場調査に入るのは、この規定を背景としています。
放火の疑いがある場合の警察との連携
消防法第35条第1項は、放火又は失火の疑いのあるときは、その火災の原因の調査の主たる責任及び権限は消防長又は消防署長にあると定めます。そして同条第2項は、消防長又は消防署長は、放火又は失火の犯罪があると認めるときは、直ちにこれを所轄警察署に通報するとともに、必要な証拠を集めてその保全に努めなければならないとしています。
第35条の2第1項は、警察官が被疑者を逮捕し又は証拠物を押収したときも、事件が検察官に送致されるまでは、消防長又は消防署長が調査のため被疑者に質問し証拠物を調査できると定め、同条第2項でその質問・調査は警察官の捜査に支障を来してはならないとしています。第35条の4第1項は、これらの規定が警察官の捜査責任を免れさせるものではないことを確認し、同条第2項は放火及び失火絶滅の共同目的のために消防吏員及び警察官は互いに協力しなければならないと定めています。
被害者としては、この二本立ての構造を踏まえ、消防署(火災原因調査)と警察署(犯罪捜査)の双方に対して、同じ事実関係を齟齬なく伝えることを意識してください。両者に説明した内容が食い違うと、その矛盾自体が後々の信用性を損ないます。
罹災証明書の位置づけ
火災については、消防法第31条に基づく火災損害調査の結果を踏まえて、消防機関が申請に応じて罹災証明書を交付する運用が定着しています。ただし、個々の火災について消防機関が交付する罹災証明書は、多くの場合、各消防本部の規程等に基づき調査結果に基づく事実を証明する運用上の取扱いとして行われている点に注意が必要です(大規模な火事による災害では、災害対策基本法第90条の2に基づき市町村長が罹災証明書を交付する仕組みもあります)。
火災原因が特定できない段階では、罹災証明書ではなく「罹災届出証明書」(火災の届出があった事実の証明)が交付される取扱いをとる消防本部もあります。名称・様式・申請方法は消防本部ごとに異なるため、必ず所轄の消防署に直接確認してください。
被害者側の証拠整理|放火事案で残すべき資料
ここからが本題です。放火事案では、被害者が意識的に動かなければ残らない資料が数多くあります。以下、類型別に整理します。
現場と被害状況の記録
まず前提として、消火後の現場に立ち入ることや現場の物を動かすことは、消防・警察の調査が終わるまで避けてください。証拠を保全するつもりの行為が、かえって現場を攪乱したと評価されることがあります。そのうえで、立入りが許される範囲・時期については必ず所轄消防署と警察に確認します。
記録として有用なのは、①出火箇所と焼損範囲が分かる写真・動画、②建物全体の配置と接続関係が分かる図面や俯瞰写真、③焼損した家財・什器・在庫の一覧、④消火活動による水損・破壊の状況、⑤着火に用いられたと思われる物の位置関係、といった情報です。撮影日時が記録されるかたちで、可能な限り多くの角度から残しておきます。
時系列の作成
放火事件の書面において最も価値があるのは、精度の高い時系列です。119番通報の時刻、消防の到着時刻、自分が異変に気づいた時刻と根拠(音・におい・煙・警報)、直前に建物を離れた時刻、施錠状況、当日建物にいた人物とその出入りの時刻——これらを、推測と事実を明確に区別して書き出します。
時刻の裏付けとしては、119番・110番の通報履歴、スマートフォンの通話履歴やメッセージの送受信時刻、電子錠の開閉ログ、ホームセキュリティの警報履歴、家電の使用ログ、レシートや交通系ICカードの利用履歴などが機能します。
関係性と予兆の記録
放火は動機が背後に存在する類型が多く、被疑者の特定にあたっては被害者と周囲の人物との関係性が手がかりになります。近隣紛争、金銭トラブル、退去をめぐる争い、交際関係の解消、従業員の解雇、取引先との係争など、思い当たる事情は時系列とともに整理します。
特に重要なのが「予兆」の記録です。以前にも不審な焼け焦げがあった、郵便受けに火のついた紙が入れられていた、放火をほのめかす発言やメッセージがあった、深夜に不審な人物が敷地内にいた——こうした事実は、単発では軽微に見えても、連続性を示すことで犯行の計画性や同一犯人性の推認に寄与します。過去の110番通報記録、当時撮影した写真、近隣住民への相談履歴などを掘り起こしてください。
映像・デジタル記録の保全
防犯カメラの映像は、放火事件における最重要証拠の一つでありながら、最も失われやすい証拠でもあります。上書き周期は機種や設定によりますが、数日から数週間で消えるものが少なくありません。自宅・自社のカメラはもちろん、隣接する店舗、コンビニエンスストア、駐車場、マンションのエントランス、道路のカメラなど、周辺の設置状況を早期に洗い出し、保存の依頼は一日でも早く行う必要があります。
ただし、第三者が管理する映像を被害者が直接入手できるとは限りません。実務上は、カメラの所在と設置者を特定して、その情報を速やかに捜査機関に伝えることが現実的かつ有効な対応です。捜査機関であれば法的な手続によって取得できる場合があります。
そのほか、ドライブレコーダーの映像、SNSやメッセージアプリのやりとり、メール、通話録音なども対象になります。デジタル証拠は、元データを改変せずに保存し、必要に応じて画面の記録やバックアップを併せて残すのが基本です。証拠収集全般の考え方は、告訴状に必要な証拠の集め方|犯罪類型別の証拠一覧と収集のポイントで犯罪類型別に整理しています。
損害の裏付け資料
被害の内容と範囲を示す資料も、被害の実態を伝えるうえで不可欠です。罹災証明書、火災保険の証券と事故受付の記録、修繕・解体の見積書、焼損した動産の購入時の領収書や写真、事業者であれば在庫表・帳簿・休業期間が分かる資料などが該当します。
ここで注意すべきは、刑事の告訴状において損害額の算定そのものを主張の中心に据える必要はないという点です。刑事手続の目的は犯人の処罰であり、損害額は情状として意味をもつにとどまります。金額の評価や請求の当否は民事の問題であり、後述のとおり弁護士の職域です。
関連する犯罪の見落としを防ぐ
放火事案では、放火罪以外の犯罪が同時に成立していることがあります。敷地や建物への侵入があれば住居侵入罪(刑法第130条)、放火に至らない器物の損壊があれば器物損壊罪(刑法第261条)、人の負傷があれば傷害罪の成否も問題になります。それぞれの成立要件と証拠の考え方については、住居侵入罪・不退去罪の告訴状の書き方|構成要件・証拠・記載のポイントを解説、器物損壊罪の告訴状の書き方|犯罪成立要件と記載のポイント、傷害罪の告訴状の書き方|暴行罪との違いと証拠の集め方を併せてご確認ください。店舗・飲食店における被害対応の全体像はレストランの食い逃げ・カスハラ・器物損壊|告発状の書き方と証拠保全でも扱っています。
告訴状の構成要素と民事回復の枠組み|行政書士に依頼できる範囲
告訴状に盛り込むべき事項の考え方
告訴状の様式は法定されていません。しかし、捜査機関が事件として立ち上げやすい書面には共通する要素があります。
告訴人の特定——氏名・住所・連絡先に加え、当該建物との関係(所有者か、賃借人か、居住者か、事業者か)を明示します。放火罪では、この関係性が現住性の主張と直結します。
被告訴人の表示——氏名等が判明していれば記載し、判明していない場合は「氏名不詳」として、判明している範囲の特徴(人相、服装、車両、関係性)を記載します。相手が特定できていないことは、告訴状を提出できない理由にはなりません。
告訴の趣旨——どの罪名について処罰を求めるのかを明示します。罪名の判断が難しい場合は、事実を正確に記載したうえで、成立しうる罪名を挙げる形をとります。
告訴事実——日時、場所、方法、客体、結果を、五感で認識した事実に即して記載します。放火事案では、①客体の特定(建物の所在・構造・用途)、②現住性を基礎づける事実(誰がいつからそこで起臥寝食しているか)、③着火の態様と発見の経緯、④焼損の範囲、が要となります。
立証方法——どの事実をどの資料で裏付けるのかを対応づけて示します。写真、罹災証明書、時系列表、通報記録、カメラの所在に関する情報などを一覧化します。
添付書類——立証方法として挙げた資料の写しを整理して添付します。
なお当事務所では、告訴状の記載例・様式サンプルを記事上で公開していません。事案ごとに特定すべき事実がまったく異なるため、ひな形をそのまま埋める方法は誤った事実記載を招きやすく、かえって書面の信用性を損なうためです。
民事上の損害回復との関係
刑事手続とは別に、民事上の損害賠償請求という道があります。ここで重要なのが失火責任法(明治32年法律第40号)の適用範囲です。同法は「民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス」と定め、失火については重大な過失がある場合を除き民法第709条の不法行為責任を免れさせています。
もっとも、同法が適用されるのは「失火」すなわち過失による火災の場合であり、故意による放火には適用されません。放火の加害者は、民法第709条に基づく損害賠償責任を通常どおり負うことになります。この違いは被害回復の見通しを大きく左右します。
また、刑事手続に付随して民事の賠償を求める制度として損害賠償命令制度がありますが、犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第24条第1項が定める対象犯罪は、故意の犯罪行為により人を死傷させた罪又はその未遂罪等に限定されています。財産被害にとどまる現住建造物等放火罪は、それ自体では同制度の対象になりません。
火災保険については、保険法第17条第1項が「保険者は、保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって生じた損害をてん補する責任を負わない」と定めています。第三者による放火の被害者であれば、この免責事由に該当しないのが通常ですが、具体的な支払いの可否は約款と個別の事実関係によりますので、必ず保険会社に直接ご確認ください。
行政書士が承れる業務と、承れない業務
行政書士の業務は、行政書士法第1条の3第1項により、官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類を作成することとされています。警察署長(司法警察員)宛ての告訴状・告発状は、官公署に提出する書類としてこの範囲に含まれます。
したがって当事務所で承れるのは、警察署長(司法警察員)宛ての告訴状・告発状の作成です。
他方、次の事項は行政書士の業務範囲外です。行政書士法第1条の3第2項は、他の法律において制限されているものについては業務を行うことができないと定めています。
- 加害者との示談交渉、損害賠償額の算定・請求、訴訟の提起・追行——弁護士の業務(弁護士法第72条)です。
- 告訴の代理人となること——法律事務に当たるため、行政書士は代理人として告訴を行うことはできません。告訴状の提出は告訴人ご本人が行っていただきます。
- 裁判所・検察庁に提出する書類の作成——司法書士の業務です(司法書士法第3条第1項第4号)。当事務所が作成するのは警察署長(司法警察員)宛ての書面に限られます。
- 捜査そのもの、被疑者の特定、証拠の収集代行——捜査機関の権限に属する事項です。
また、告訴状の内容が虚偽であった場合、虚偽告訴等罪(刑法第172条)が成立しうることにも留意が必要です。犯罪捜査規範第67条は、告訴事件の捜査にあたり、誣告・中傷を目的とする虚偽または著しい誇張によるものでないかに注意しなければならないと定めています。推測を事実として書かないことは、被害者自身を守るためのルールでもあります。
告訴状・告発状の作成でお困りの方へ。行政書士法人Treeでは、警察署長(司法警察員)宛ての告訴状・告発状の作成を承ります。書類作成に関するご相談は何度でも無料です。
まとめ
放火罪は、客体によって刑法第108条・第109条・第110条の三段構造で規定されています。現住建造物等放火罪の法定刑は死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑であり、第108条と第109条第1項は公共の危険の発生を要件としない抽象的危険犯、第109条第2項と第110条は具体的危険犯という違いがあります。この区別が、求められる立証の内容を左右します。
第108条の要件のうち実務上とりわけ重要なのが現住性と焼損です。判例は、回廊等で接続され宿直者がいた社殿全体を一個の現住建造物と認め(最決平成元年7月14日)、一時的に人を不在にさせていた家屋についても現住性を肯定しました(最決平成9年10月21日)。焼損については独立燃焼説がとられており、化粧鋼板表面約0.3平方メートルの燃焼でも既遂が認められた例があります(最決平成元年7月7日)。被害が軽微に見えても重罪が成立している可能性があります。
放火罪は親告罪ではないため告訴は訴訟条件ではありませんが、告訴には刑事訴訟法第242条の書類送付義務、第260条の処分通知、第261条の不起訴理由の告知という手続上の効果があり、事件の帰趨について報告を受ける地位を確保できます。公訴時効は第108条で25年ですが、自動車などへの放火(第110条第1項)なら7年と短く、早期の記録化が現実的な課題です。
放火事案の特徴は、消防法第31条以下に基づく消防機関の火災原因調査と、警察の犯罪捜査が並行して進む点にあります。同法第35条第1項は、放火又は失火の疑いがあるときの原因調査の主たる責任と権限を消防長又は消防署長にあるとし、同条第2項は犯罪があると認めるときの警察への通報義務と、証拠を集めて保全に努めるべきことを定めています。被害者は双方に対して齟齬のない事実を伝えることが重要です。証拠面では、時系列の精度、予兆の記録、そして上書きされる前の防犯カメラの所在把握が鍵となります。
行政書士法人Treeでは、行政書士法第1条の3第1項に基づき、警察署長(司法警察員)宛ての告訴状・告発状の作成を承っています。ご依頼者からうかがった事実関係をもとに、告訴事実と立証方法を明確にした書面を作成します。書類作成に関するご相談は何度でも無料です。
※ 本記事は執筆時点の法令・実務に基づき細心の注意を払って執筆しておりますが、内容の正確性・完全性・最新性を保証するものではなく、誤記・脱漏等があった場合でも当事務所は一切の責任を負いません。法令・実務の取扱いは改正・運用変更により変動します。個別具体的な事案・手続については、必ず行政書士・弁護士・税理士・司法書士・信託銀行等の専門家にご確認のうえご判断ください。


