家族信託・民事信託を検討するとき、関心は「誰を受託者にするか」「どの財産を信託するか」という設計面に集まりがちです。しかし信託が動き出した後に実際のトラブルを生むのは、設計そのものよりも、受託者が日々どのように財産を管理しているかという運営面です。信託法は受託者に対して、信託事務を処理する際の注意義務(第29条)、忠実義務(第30条)、利益相反行為の制限(第31条)、公平義務(第33条)、分別管理義務(第34条)、帳簿の作成・報告・保存の義務(第37条)といった複数の義務を課し、これらに違反して信託財産に損失が生じた場合には損失てん補責任(第40条)を負わせています。とくに第34条の分別管理義務に違反した状態で損失が発生したときは、受託者の側が「分別して管理していたとしても同じ損失が生じた」と証明しない限り責任を免れられません(第40条第4項)。これは、通常の債務不履行責任と比べて受託者に著しく不利な規律です。本記事では、信託法の条文と、日本弁護士連合会・日本司法書士会連合会が公表しているガイドラインを踏まえ、受託者が実際に何をすべきかを実務目線で整理します。
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本記事の結論
- 信託法第29条は、第1項で「信託の本旨に従って信託事務を処理する義務」を、第2項で「善良な管理者の注意をもって処理する義務」を定めている。注意の程度を信託行為で変更できるのは第2項だけで、第1項には別段の定めを許す規定が置かれていない。
- 分別管理義務(第34条第1項)は財産の種類ごとに方法が違う。登記・登録できる財産について信託の登記・登録をする義務だけは、信託行為で免除できない(同条第2項)。
- 金銭は「その計算を明らかにする方法」で足りる(第34条第1項第2号ロ)ため、信託法上は信託口口座の開設まで義務づけられていない。それでも実務では信託口口座を開設すべきとされる理由がある。
- 分別管理義務違反があると、損失てん補責任の立証責任が受託者側に転換される(第40条第4項)。忠実義務・利益相反規制違反には損失額の推定が働く(同条第3項)。
- 信託の登記申請の代理は司法書士の業務(司法書士法第3条第1項第1号)、税務代理・税務相談は税理士の業務(税理士法第2条)、紛争性のある責任追及の代理は弁護士の業務(弁護士法第72条)である。
目次
民事信託の受託者が負う義務の全体像
信託とは、委託者が受託者に対して財産の処分をし、受託者が一定の目的に従ってその財産の管理・処分その他必要な行為をすべきものとする法律関係をいいます(信託法第2条第1項、第3条)。受託者は「信託行為の定めに従い、信託財産に属する財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をすべき義務を負う者」と定義されています(同法第2条第5項)。
ここで押さえておきたいのは、信託財産の名義は受託者に移るという点です。信託財産とは「受託者に属する財産であって、信託により管理又は処分をすべき一切の財産」であり(同法第2条第3項)、受託者自身の財産である固有財産(同条第8項)とは区別されます。名義は受託者にありながら、実質的な利益は受益者に帰属する。この「名義と利益の分離」こそが信託の本質であり、だからこそ受託者には他人の財産を預かる者として厳格な義務が課されているのです。
受託者になれる人・なれない人
信託法第7条は「信託は、未成年者を受託者としてすることができない」と定めるのみです。かつては成年被後見人・被保佐人も受託者の欠格事由とされていましたが、「成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律」(令和元年法律第37号)により欠格事由から削除されました。現行法上、受託者の資格を正面から制限しているのは未成年者だけということになります。
ただし、資格があることと適任であることは別問題です。信託法第56条第1項は、受託者である個人の死亡(第1号)、後見開始又は保佐開始の審判を受けたこと(第2号)、破産手続開始の決定を受けたこと(第3号)を受託者の任務終了事由としています。第2号・第3号については信託行為で別段の定めを置くことも可能ですが(同項ただし書)、受託者自身が高齢で判断能力の低下が予想される場合には、そもそも受託者として適切かを設計段階で検討する必要があります。
信託業法との関係
信託業法第2条第1項は「信託業」を「信託の引受けを行う営業」と定義し、同法第3条は「信託業は、内閣総理大臣の免許を受けた者でなければ、営むことができない」と定めています。家族が無報酬または実費程度で受託者となる典型的な家族信託は「営業」に当たらないため信託業法の規制対象外ですが、日本弁護士連合会の「信託口口座開設等に関するガイドライン」(2020年〈令和2年〉9月10日)は、法人が民事信託の受託者となる場合や、個人であっても複数の信託の受託者となる場合には信託業法に抵触する可能性があり得るとして注意を促しています。同ガイドラインは、金融機関にこうした法令違反を積極的に確認する義務はないとしつつ、法令違反が明らかな場合や、懸念を払拭するに足る十分な説明ができない場合には、信託口口座の開設を拒否される可能性が高くなると考えられるとしています。
なお、公益信託については「公益信託ニ関スル法律」(大正11年法律第62号)が全部改正され、「公益信託に関する法律」(令和6年法律第30号)として2026年(令和8年)4月1日から施行されています。本記事が扱うのは家族間で設定される民事信託であり、公益信託の規律とは別のものです。
信託法第29条の善管注意義務——「信託の本旨」と「善良な管理者の注意」
信託法第29条の見出しは「受託者の注意義務」であり、条文上「善管注意義務」という語そのものは使われていません。実務で善管注意義務と呼ばれているのは、同条第2項の「善良な管理者の注意」を指しています。条文は次の構造になっています。
第1項——信託の本旨に従う義務
「受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければならない。」
ここでいう「信託の本旨」とは、信託行為において定められた信託の目的から導かれる、その信託が実現しようとしている趣旨のことです。たとえば「委託者の生活・療養・介護に必要な費用を確保すること」を目的とする信託であれば、受託者が信託財産である現預金を高リスクの金融商品で運用することは、たとえ損失が出なかったとしても信託の本旨に反する処理となり得ます。逆に「賃貸不動産の収益を維持し次世代に承継すること」を目的とする信託であれば、必要な修繕を怠って収益力を落とすことが本旨に反します。
注目すべきは、第1項には「信託行為に別段の定めがあるときは」というただし書が置かれていないことです。信託行為の定めで免除したり緩和したりできる性質の義務ではない、という条文の作りになっています。
第2項——善良な管理者の注意と別段の定め
「受託者は、信託事務を処理するに当たっては、善良な管理者の注意をもって、これをしなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる注意をもって、これをするものとする。」
「善良な管理者の注意」とは、その者の職業や社会的地位において通常要求される程度の注意をいい、民法第644条が受任者に課す注意義務と同じ水準の概念です。民法上も、成年後見人については第869条が第644条を準用し、遺言執行者については第1012条第3項が第644条以下を準用しています。他人の財産を預かる立場の者に共通して課される標準的な注意義務だと理解しておけばよいでしょう。
第2項にはただし書があるため、信託行為で注意の程度を変えることが条文上は可能です。家族が無報酬で受託者となる民事信託では、注意義務を軽減する条項を置く例もあります。ただし、軽減の定めを置いたとしても第1項の「信託の本旨に従う義務」は残りますし、分別管理義務のうち信託の登記・登録に関する部分(第34条第2項)は免除できません。後述する忠実義務(第30条)にも第29条第2項のようなただし書はなく、利益相反行為や競合行為を例外的に行えるのは、第31条第2項・第32条第2項の要件を満たす場合に限られます。「契約書に軽減条項を入れておけば何をしても責任を問われない」という発想は成り立ちません。
報酬の有無で義務の重さは変わるのか
信託法第54条第1項は、商法第512条の適用がある場合のほか、「信託行為に受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨の定めがある場合に限り」信託報酬を受けることができると定めています。裏を返せば、信託行為に定めがなければ受託者は無報酬です。家族信託では無報酬とする例が多く見られます。
しかし、無報酬であることは信託法第29条第2項の注意義務を当然に軽減するものではありません。民法上の委任では無報酬の受任者も善管注意義務を負うのと同様、信託法も報酬の有無で注意義務の水準を区別していません。軽減したいのであれば、信託行為に明示の定めを置く必要があります。
忠実義務・利益相反行為の制限・公平義務(第30条〜第33条)
善管注意義務と並んで受託者の行為を規律する柱が忠実義務です。信託法第30条は「受託者は、受益者のため忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければならない」と定め、第31条・第32条がその具体化として利益相反行為・競合行為を制限しています。
利益相反行為の4類型(第31条第1項)
第31条第1項は、受託者が行ってはならない行為として次の4つを掲げています。
- 第1号:信託財産に属する財産を固有財産に帰属させ、又は固有財産に属する財産を信託財産に帰属させること(自己取引)
- 第2号:信託財産に属する財産を他の信託の信託財産に帰属させること(信託間の取引)
- 第3号:第三者との間で信託財産のためにする行為であって、自己が当該第三者の代理人となって行うもの(双方代理型)
- 第4号:信託財産に属する財産につき固有財産に属する財産のみをもって履行する責任を負う債務に係る債権を被担保債権とする担保権を設定することその他、第三者との間で信託財産のためにする行為であって、受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるもの
家族信託でありがちなのは第1号と第4号です。受託者である長男が、信託財産である現金を自分に貸し付ける、あるいは信託不動産に自分の借入れのための抵当権を設定する、といった行為が典型です。第4号は「利益が相反することとなるもの」という包括的な規定であり、形式的に第1号から第3号に当てはまらなくても実質で判断されます。
例外的に許される場合(第31条第2項)
第31条第2項は、次のいずれかに該当するときは第1項各号の行為をすることができるとしています。
- 信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき
- 受託者が当該行為について重要な事実を開示して受益者の承認を得たとき
- 相続その他の包括承継により信託財産に属する財産に係る権利が固有財産に帰属したとき
- 当該行為をすることが信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合であって、受益者の利益を害しないことが明らかであるとき、又は当該行為の信託財産に与える影響、行為の目的及び態様、受託者の受益者との実質的な利害関係の状況その他の事情に照らして正当な理由があるとき
実務では第1号(信託行為の許容規定)と第2号(重要事実の開示と受益者の承認)が使われます。ただし第2号については、同号に該当する場合でも当該行為をすることができない旨の信託行為の定めがあるときは適用されません(同項ただし書)。また第1項各号の行為をしたときは、受託者は受益者に対し重要な事実を通知しなければなりません(同条第3項本文)。
違反した場合の効果
第31条第1項第1号・第2号の行為が第1項・第2項に違反して行われた場合、その行為は無効です(同条第4項)。受益者の追認により行為の時にさかのぼって効力が生じます(同条第5項)。受託者が第三者との間でその財産について処分等をしたときは、第三者が違反を知っていたか、知らなかったことに重大な過失があるときに限り、受益者は取り消すことができます(同条第6項)。第3号・第4号の行為については、第三者が悪意又は重過失であるときに限り受益者が取り消せます(同条第7項)。
競合行為の制限(第32条)と公平義務(第33条)
第32条第1項は、受託者として権限に基づき信託事務としてできる行為であって、しないことが受益者の利益に反するものについて、これを固有財産又は受託者の利害関係人の計算でしてはならないと定めます。違反した場合、受益者は当該行為が信託財産のためにされたものとみなすことができますが(同条第4項本文)、この権利は行為の時から1年を経過すると消滅します(同条第5項)。
また、受益者が2人以上ある信託では、受託者は受益者のために公平にその職務を行わなければなりません(第33条)。複数の子を受益者とする信託で特定の子にだけ多く給付する、といった処理は公平義務に触れます。加えて第8条は、受託者が受益者として信託の利益を享受する場合を除き、何人の名義をもってするかを問わず信託の利益を享受することができないと定めています。
信託法第34条の分別管理義務——財産の種類ごとに方法が定められている
信託法第34条第1項は、受託者に対し、信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを、財産の区分に応じた方法で分別して管理することを義務づけています。重要なのは、「分別して管理せよ」という抽象的な命令ではなく、財産の種類ごとに具体的な方法が法定されているという点です。
第1号——信託の登記又は登録をすることができる財産
不動産や自動車のように、登記又は登録をしなければ権利の得喪・変更を第三者に対抗できない財産については、信託の登記又は登録が分別管理の方法とされています。信託法第14条は「登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産については、信託の登記又は登録をしなければ、当該財産が信託財産に属することを第三者に対抗することができない」と定めており、信託の登記は対抗要件でもあります。
そして第34条第2項は、「前項ただし書の規定にかかわらず、同項第一号に掲げる財産について第十四条の信託の登記又は登録をする義務は、これを免除することができない」と定めています。分別管理の方法について信託行為で別段の定めを置くことは第1項ただし書で認められていますが、信託の登記・登録義務だけは強行規定であり、契約書でも免除できません。日本司法書士会連合会の「民事信託支援業務の執務ガイドライン」(令和6年11月)も、この義務は強行法規であって免除できず、したがって委託者名義に登記を留保することは許されないと明記しています。
第2号イ——動産(金銭を除く)
信託の登記・登録ができない財産のうち動産(金銭を除く)については、「信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを外形上区別することができる状態で保管する方法」によります。物理的に別の場所で保管する、表示を付す、といった対応が想定されます。
第2号ロ——金銭その他の財産
金銭その他、動産以外で信託の登記・登録ができない財産については、「その計算を明らかにする方法」によります。条文上、金銭について要求されているのは帳簿等によって計算を明らかにすることであり、専用の預貯金口座を開設することまでは求められていません。この点は後述する信託口口座の議論の出発点になります。
第3号——法務省令で定める財産
第3号は法務省令に委任されています。信託法施行規則(平成19年法務省令第41号)第4条第1項は、法第34条第1項第3号の「法務省令で定める財産」を、法第206条第1項その他の法令の規定により、当該財産が信託財産に属する旨の記載又は記録をしなければ信託財産に属することを第三者に対抗できないとされているもの(信託の登記・登録ができる財産を除く)と定めています。信託法第206条第1項が挙げられていることから分かるとおり、受益証券が発行されない受益権を他の信託の信託財産として保有する場合などが想定されており、家族の財産を管理する典型的な民事信託で問題になることは多くありません。その分別管理の方法は、法令に従い信託財産に属する旨の記載又は記録をするとともに、その計算を明らかにする方法とされています(同条第2項)。
不動産の信託登記——免除できない分別管理
信託財産に不動産が含まれる家族信託では、信託の登記が実務上の要となります。不動産登記法の規律を確認しておきます。
同時申請と単独申請
不動産登記法第98条第1項は「信託の登記の申請は、当該信託に係る権利の保存、設定、移転又は変更の登記の申請と同時にしなければならない」と定めています。委託者から受託者への所有権移転登記と信託の登記は、同時に申請する必要があります。信託の登記は受託者が単独で申請することができます(同条第2項)。
信託目録
信託の登記の登記事項は、不動産登記法第97条第1項各号に掲げられています。委託者・受託者・受益者の氏名又は名称及び住所(第1号)、受益者の指定に関する条件又は受益者を定める方法の定め(第2号)、信託管理人があるときはその氏名等(第3号)、受益者代理人があるときはその氏名等(第4号)などです。登記官はこれらを明らかにするため信託目録を作成することができます(同条第3項)。信託目録は誰でも閲覧できるため、信託契約の内容のうちどこまでを登記事項として記載するかは設計上の論点になります。
変更登記と受託者の交代
第97条第1項各号の登記事項に変更があったときは、受託者は遅滞なく信託の変更の登記を申請しなければなりません(同法第103条第1項)。受益者が変わった、受益者代理人が交代した、といった場合に登記を放置すると義務違反となります。
また、受託者の任務が死亡、後見開始若しくは保佐開始の審判、破産手続開始の決定、法人の合併以外の理由による解散又は裁判所若しくは主務官庁の解任命令により終了し、新たに受託者が選任されたときは、受託者の変更による権利の移転の登記は新受託者が単独で申請することができます(同法第100条第1項)。信託財産に属する不動産に関する権利が信託財産に属しないこととなった場合の信託の登記の抹消は、その権利の移転登記等と同時に申請します(同法第104条第1項)。
なお、登記申請の代理は司法書士の業務です(司法書士法第3条第1項第1号)。信託の設定に際しては、契約書の作成と登記申請の段取りを同時並行で進める必要があります。
金銭の分別管理と信託口口座——実務で最大の論点
家族信託の実務で最も議論が多いのが、信託財産である金銭をどの口座で管理するかという問題です。
信託法上は信託口口座の開設義務はない
前述のとおり、金銭の分別管理は「その計算を明らかにする方法」で足ります(信託法第34条第1項第2号ロ)。日本弁護士連合会のガイドラインも、「信託法上、受託者は、信託財産に属する預貯金を信託口口座により分別管理することまでは義務とされていない」と明記したうえで、民事信託の実務においては受託者に分別管理を徹底させるため、信託行為に基づき受託者に信託口口座の開設を義務づけることが一般的な取扱いとなっている、と説明しています。
信託口口座とは何か
日弁連ガイドラインは、信託口口座を「受託者の固有財産と信託財産に属する財産とを分別管理するため、受託者が信託財産に属する金銭のみを預け入れる預貯金口座」と定義しています。日司連ガイドラインはさらに踏み込み、望ましい信託口口座の要件として次の3つを挙げています。
- 受託者を預金者とすること
- 口座の名義から、信託財産に属する財産を管理するための通帳であると判別できること
- 信託法の規定に沿って通常の預貯金と異なった取扱いがなされること(独立したCIFコードが付される、受託者の変更時の引継ぎに対応できる等)
そのうえで日司連ガイドラインは、「信託口口座という言葉には定まった定義が存在しない」ことを指摘しています。金融機関が「信託口口座」と呼んでいても、実態は名義に肩書が付いただけの個人口座で、受託者の変更時に信託法の規定に沿った取扱いができないものもあります。名称ではなく中身を確認することが重要です。
口座名義の付け方
日弁連ガイドラインは、口座名義として「委託者〇〇受託者△△信託口」「受託者△△信託口」のように受託者名を表示する方法と、「受益者〇〇受託者△△信託口」のように受益者名も表示する方法があると整理しています。預金保険機構における名寄せは受託者名で行われることから一般的には受託者名を入れる形が多いとしつつ、受益者名を入れると受益者変更時に名義変更の要否を検討しなければならず、受益者が複数の場合に全員の名を入れることは事実上困難だと指摘しています。
差押えとの関係
信託口口座を使う実質的な理由の一つが、受託者個人の債権者からの差押えを避けることです。信託法第23条第1項は、信託財産責任負担債務に係る債権に基づく場合を除き、信託財産に属する財産に対して強制執行、仮差押え、仮処分若しくは担保権の実行若しくは競売又は国税滞納処分をすることができないと定めています。これに違反してされた強制執行等に対しては、受託者又は受益者が異議を主張することができます(同条第5項)。また、受託者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても、信託財産に属する財産は破産財団に属しません(同法第25条第1項)。
もっとも日弁連ガイドラインは、受託者に対する差押えを受けた場合に当該信託口口座を差押えの対象とすべきか否かについて「現時点において定説は見当たらない」とし、受託者は差押えを受けた場合に備えて、少なくとも信託口口座であることを明示した名義で開設の申込みをすべきであると述べています。固有財産と誤認されるような名義で開設した場合に固有財産に係る債権者から差押えを受けるリスクは、受託者が負担すべきことであるとも明記されています。
受託者が死亡したときの取扱い
受託者である個人が死亡すると受託者の任務は終了しますが(信託法第56条第1項第1号)、信託自体は当然には終了しません。受託者の死亡により任務が終了した場合、信託財産は法人とされます(同法第74条第1項)。新受託者が就任したときは、前受託者の任務が終了した時に、その時に存する信託に関する権利義務を前受託者から承継したものとみなされます(同法第75条第1項)。承継の効果が生じるのは就任時ではなく、前受託者の死亡時にさかのぼる点に注意が必要です。
つまり、信託口口座の預貯金は、信託財産である限り受託者個人の相続財産ではありません。日弁連ガイドラインは、この預貯金は口座名義人たる受託者に相続が生じたという扱いにはならず、遺産分割前の預貯金の払戻し制度(民法第909条の2)の対象にもならないと考えられる、と整理しています。そのうえで、金融機関は受託者死亡を了知した後、後継受託者が新受託者に就任してその旨の申出があるまでは、受託者の相続人からの払戻請求には応じない、後継受託者の就任が確認できるまで口座凍結を行うこともやむを得ない、といった取扱いになると考えられるとしています。
後継受託者が就任するまでの間、法人とみなされた信託財産の管理は前受託者の相続人が行うことになりますが(同法第60条第2項)、これは信託財産の円滑な引継ぎのための必要最小限の範囲の義務と権限にとどまり、処分権限はないと解されています。なお、受託者が欠けた場合であって新受託者が就任しない状態が1年間継続したときは、信託は終了します(同法第163条第3号)。後継受託者を信託行為であらかじめ定めておくことが、実務上きわめて重要になります。
信託口口座が開設できない場合
日司連ガイドラインは、信託口口座の開設に応じる金融機関が存在しない地域や、信託契約の内容が金融機関の審査基準に合致しない場合など、開設しないことに合理的な理由がある場合には、受託者の口座が信託財産に属する財産を管理するための専用口座であることについて、委託者と受託者の間で別途の確認書を作成する等の対応を行う必要があるとしています。信託専用の個人口座で運用せざるを得ない場合であっても、少なくとも固有財産と混同させない運用と記録は不可欠です。
家族信託全体の手続の流れや費用感については、家族信託の手続きと費用|認知症対策・任意後見との違いを徹底比較もあわせてご覧ください。
帳簿・報告・保存の義務(第36条〜第38条)と税務上の届出
分別管理義務と表裏一体の関係にあるのが、帳簿の作成・報告・保存の義務です。金銭の分別管理が「その計算を明らかにする方法」による以上、帳簿がなければ分別管理をしていることの証明ができません。
報告義務(第36条)
委託者又は受益者は、受託者に対し、信託事務の処理の状況並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況について報告を求めることができます。受益者の報告請求権は、信託行為の定めによって制限することができない権利の一つに挙げられています(同法第92条第7号)。
信託帳簿と財産状況開示資料(第37条)
受託者は、信託事務に関する計算並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を明らかにするため、法務省令で定めるところにより、信託財産に係る帳簿その他の書類又は電磁的記録を作成しなければなりません(第37条第1項)。さらに、毎年1回、一定の時期に、貸借対照表、損益計算書その他の法務省令で定める書類等を作成しなければなりません(同条第2項)。
この「法務省令で定める書類又は電磁的記録」について、信託計算規則(平成19年法務省令第42号)第4条第3項は「財産状況開示資料」とすると定めています。財産状況開示資料は信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の概況を明らかにするものでなければならず(同条第4項)、信託帳簿に基づいて作成しなければなりません(同条第5項)。また信託帳簿は一の書面その他の資料として作成することを要せず、他の目的で作成された書類等をもって信託帳簿とすることができるとされています(同条第2項)。企業会計と同水準の財務諸表が常に必要というわけではありませんが、財産と債務の概況が客観的に分かる資料は毎年作らなければならない、ということです。
作成した財産状況開示資料の内容は、受益者(信託管理人が現に存する場合は信託管理人)に報告しなければなりません(第37条第3項本文)。ただし信託行為に別段の定めがあるときはその定めによります(同項ただし書)。
保存期間
信託帳簿等については作成の日から10年間(その期間内に信託の清算の結了があったときはその日までの間)の保存義務があります(第37条第4項本文)。信託財産に属する財産の処分に係る契約書その他の信託事務の処理に関する書類等を作成し又は取得した場合も、作成又は取得の日から10年間の保存義務があります(同条第5項)。財産状況開示資料については、信託の清算の結了の日までの間の保存が原則で、作成の日から10年を経過した後に受益者へ交付等をしたときは保存を要しません(同条第6項)。
閲覧・謄写の請求(第38条)
受益者は、受託者に対し、信託帳簿等の閲覧又は謄写を請求することができます。この場合、請求の理由を明らかにしてしなければなりません(第38条第1項)。受託者は、請求者が権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき、不適当な時に請求を行ったとき、信託事務の処理を妨げ又は受益者の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき等、同条第2項各号に該当すると認められる場合を除き、拒むことができません。
税務上の届出
信託の受託者は、所得税法第227条により、信託会社以外の受託者については毎年1月31日までに信託の計算書を税務署長に提出しなければなりません。提出の要否(収益の額が一定額以下の場合の取扱いを含む)は、税理士にご確認ください。
信託にはこのほか、受益者等課税信託の考え方(所得税法第13条第1項)や他益信託を設定した場合の贈与税の取扱い(相続税法第9条の2第1項)など、税務上検討すべき論点が多く存在します。日司連ガイドラインも「信託を巡る税制に関しては解釈が不明確な点が多く存在する」と述べています。具体的な課税関係・計算・申告については必ず税理士にご確認ください。税務代理・税務書類の作成・税務相談は税理士の業務です(税理士法第2条)。
義務違反の効果——損失てん補責任と立証責任の転換(第40条〜第44条・第58条)
ここまで見てきた義務に違反すると、受託者はどのような責任を負うのでしょうか。信託法第40条以下が定めています。
損失てん補責任・原状回復責任(第40条第1項)
受託者がその任務を怠ったことによって信託財産に損失が生じた場合には損失のてん補を、信託財産に変更が生じた場合には原状の回復を、受益者は請求することができます。ただし原状回復については、原状の回復が著しく困難であるとき、過分の費用を要するとき、その他受託者に原状回復をさせることを不適当とする特別の事情があるときは請求できません(同項ただし書)。
忠実義務違反——損失額の推定(第40条第3項)
受託者が第30条、第31条第1項及び第2項又は第32条第1項及び第2項の規定に違反する行為をした場合には、当該行為によって受託者又はその利害関係人が得た利益の額と同額の損失を信託財産に生じさせたものと推定されます。利益相反取引で受託者が得た利益がそのまま損失額として推定されるため、受益者側の立証負担が大きく軽減されます。
分別管理義務違反——立証責任の転換(第40条第4項)
本記事で最も強調したいのがこの規定です。
「受託者が第三十四条の規定に違反して信託財産に属する財産を管理した場合において、信託財産に損失又は変更を生じたときは、受託者は、同条の規定に従い分別して管理をしたとしても損失又は変更が生じたことを証明しなければ、第一項の責任を免れることができない。」
通常の債務不履行責任であれば、義務違反と損害との間に因果関係があることを請求する側が立証しなければなりません。ところが分別管理義務違反の場合は逆で、受託者の側が「分別管理をしていても同じ損失が生じた」ことを証明しない限り責任を免れられません。信託財産である金銭を受託者個人の口座に入れたまま管理していた、信託不動産の信託登記をしていなかった、といった状態で何らかの損失が生じれば、受託者は極めて不利な立場に置かれます。第三者への委託が第28条に違反していた場合にも同様の規律が置かれています(第40条第2項)。
法人受託者の役員の連帯責任(第41条)
法人である受託者の理事、取締役若しくは執行役又はこれらに準ずる者は、当該法人が第40条の責任を負う場合において、法人が行った法令又は信託行為の定めに違反する行為につき悪意又は重大な過失があるときは、受益者に対し、法人と連帯して損失のてん補又は原状の回復をする責任を負います。一般社団法人などを受託者とする設計では、その役員個人が連帯責任を負い得る点に注意が必要です。
免除と時効(第42条・第43条)
受益者は、第40条の責任及び第41条の責任を免除することができます(第42条)。時効については、第40条の責任に係る債権の消滅時効は債務不履行によって生じた責任に係る債権の消滅時効の例によるとされ(第43条第1項)、第41条の責任に係る債権は、受益者が権利を行使できることを知った時から5年間、又は権利を行使できる時から10年間行使しないときに時効消滅します(同条第2項)。
重要なのは第43条第3項です。第40条又は第41条の責任に係る受益者の債権の消滅時効は、受益者が受益者としての指定を受けたことを知るに至るまでの間は進行しません。受益者が信託の存在を知らされていない場合、時効は動き出さないということです。ただし、受託者の任務懈怠によって信託財産に損失又は変更が生じた時から20年を経過したときは、その債権は消滅します(同条第4項)。
差止請求(第44条)
受託者が法令若しくは信託行為の定めに違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって信託財産に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、受益者は受託者に対しその行為をやめることを請求できます。第33条の公平義務に違反する行為により一部の受益者に著しい損害が生ずるおそれがあるときも同様です(同条第2項)。
受託者の解任(第58条)
委託者及び受益者は、いつでも合意により受託者を解任することができます(第58条第1項)。信託行為に別段の定めがあるときはその定めによります(同条第3項)。また、受託者がその任務に違反して信託財産に著しい損害を与えたことその他重要な事由があるときは、裁判所は委託者又は受益者の申立てにより受託者を解任することができます(同条第4項)。裁判所への申立ての代理や、紛争性のある責任追及の代理は弁護士の業務です(弁護士法第72条)。
受託者を支える仕組みと交代・終了への備え
受託者の義務がこれだけ重い以上、家族の一員が受託者になる民事信託では、受託者を支え、監督する仕組みを併せて設計することが欠かせません。
信託事務の第三者への委託(第28条・第35条)
受託者は、(1)信託行為に第三者に委託する旨又は委託することができる旨の定めがあるとき、(2)信託行為に委託に関する定めがない場合において、委託することが信託の目的に照らして相当と認められるとき、(3)信託行為に委託してはならない旨の定めがある場合において、委託することにつき信託の目的に照らしてやむを得ない事由があると認められるとき、のいずれかに該当する場合に、信託事務の処理を第三者に委託することができます(第28条)。
委託する場合、受託者は信託の目的に照らして適切な者に委託しなければならず(第35条第1項)、委託後は信託の目的の達成のために必要かつ適切な監督を行わなければなりません(同条第2項)。ただし、信託行為において指名された第三者や、信託行為の定めに従い委託者・受益者の指名に従って指名された第三者に委託したときは、これらの選任・監督義務は適用されません(同条第3項本文)。この場合でも、第三者が不適任若しくは不誠実であることや事務処理が不適切であることを知ったときは、受益者への通知、委託の解除その他の必要な措置をとらなければなりません(同項ただし書)。帳簿作成事務を専門職に委託する、といった対応はこの枠組みで行われます。
信託監督人・受益者代理人
受益者が高齢であったり判断能力が低下していたりする民事信託では、受益者自身が受託者を監督することは事実上困難です。信託法は、受益者が現に存する場合に受託者を監督する者として信託監督人(第131条以下)を、受益者の権利を代理して行使する者として受益者代理人(第138条以下)を用意しています。信託監督人は善良な管理者の注意をもってその権限を行使しなければならず(第133条第1項)、受益者のために誠実かつ公平に権限を行使する義務を負います(同条第2項)。受益者代理人にも同様の義務があります(第140条)。
なお、受益者代理人がある場合、その代理される受益者は第92条各号に掲げる権利及び信託行為で定めた権利を除き、権利を行使することができなくなります(第139条第4項)。受益者本人の権利を制限する効果があるため、設置は慎重に判断する必要があります。両者の違いについては、信託監督人と受益者代理人の違い|信託法第131条・第138条・第139条第4項・受益者連続信託30年ルール・権限・報酬・後任選任を解説で詳しく整理しています。
受益者が現に存しない場合には信託管理人を置くことができますが(第123条第1項)、受益者が現に存しないときにしか設置できないため、民事信託で設置される例は多くありません。
後継受託者と信託の終了
受託者の任務が終了した場合において、信託行為に新受託者に関する定めがないとき、又は指定された者が信託の引受けをせず若しくはこれをすることができないときは、委託者及び受益者の合意により新受託者を選任することができます(第62条第1項)。合意に係る協議の状況その他の事情に照らして必要があると認めるときは、裁判所が利害関係人の申立てにより新受託者を選任することもできます(同条第4項)。
しかし、受託者が欠けた状態が1年続けば信託は終了します(第163条第3号)。委託者及び受益者はいつでも合意により信託を終了することもできます(第164条第1項)。信託が終了した後は清算受託者が、現務の結了、信託財産に属する債権の取立て及び信託債権に係る債務の弁済、受益債権に係る債務の弁済、残余財産の給付という職務を行い(第177条)、債務を弁済した後でなければ残余財産受益者等に残余財産を給付することはできません(第181条本文)。
信託・任意後見・遺言をどう組み合わせるかについては、家族信託 vs 任意後見 vs 財産管理委任契約|認知症対策3つの方法を比較や遺言代用信託とは|信託法90条・遺言書との違い・受益者変更権・認知症対策もご参照ください。
信託設計そのものが争われた裁判例
信託の設計が争われた例として、東京地方裁判所平成30年9月12日判決が知られています。経済的利益を生まない不動産まで信託財産に含めた点について、遺留分制度を潜脱する意図があるとして信託契約の一部を公序良俗に反し無効とした事例です。ただしこの事件は控訴審において和解で終了しており、判決としての効力は失われています。先例としての射程は限定的ですが、遺留分(民法第1046条)への配慮を欠いた信託設計が紛争の種になり得ることを示す例として、実務上しばしば言及されます。
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まとめ
信託法第29条は、第1項で信託の本旨に従って信託事務を処理する義務を、第2項で善良な管理者の注意をもって処理する義務を定めています。注意の程度を信託行為で変更できるのは第2項だけで、第1項にはそのようなただし書が置かれていません。無報酬であることが当然に義務を軽減するわけでもありません。契約書に軽減条項を入れれば安心、という理解は成り立たないということです。
第34条の分別管理義務は、財産の種類ごとに方法が法定されている点が特徴です。登記・登録ができる財産は信託の登記・登録、金銭を除く動産は外形上区別できる状態での保管、金銭その他は計算を明らかにする方法によります。そして信託の登記・登録義務だけは信託行為で免除できません(第34条第2項)。委託者名義に登記を留保する運用は許されません。
金銭については、信託法上は信託口口座の開設まで義務づけられていません。それでも実務で信託口口座が重視されるのは、受託者個人の債権者による差押えや、受託者死亡時の凍結・引継ぎといった局面で扱いが変わり得るためです。日弁連・日司連のガイドラインはいずれも、名義から信託財産用の口座であると判別できること、受託者変更時に信託法の規定に沿った取扱いができることを重視しています。「信託口口座」という名称ではなく中身を確認することが実務の要点です。
義務違反の効果として最も重いのが、第40条第4項の立証責任の転換です。分別管理義務に違反した状態で損失が生じれば、受託者の側が「分別管理をしていても同じ結果だった」と証明しない限り責任を免れられません。忠実義務・利益相反規制の違反には、受託者らが得た利益と同額の損失が生じたとの推定も働きます(同条第3項)。日々の帳簿作成と年1回の財産状況開示資料の作成(第37条)は、義務であると同時に、受託者自身を守る記録でもあります。
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※ 本記事は執筆時点の法令・実務に基づき細心の注意を払って執筆しておりますが、内容の正確性・完全性・最新性を保証するものではなく、誤記・脱漏等があった場合でも当事務所は一切の責任を負いません。法令・実務の取扱いは改正・運用変更により変動します。個別具体的な事案・手続については、必ず行政書士・弁護士・税理士・司法書士・信託銀行等の専門家にご確認のうえご判断ください。


