公開日:2026年5月20日
認知症の被相続人が作成した遺言の有効性は、相続発生後に紛争となる典型例です。民法第963条は「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」と規定し、遺言時の判断能力(遺言能力)の有無により遺言の有効・無効が決まります。本記事では、認知症と遺言能力の関係、判断能力の証明方法、長谷川式・MMSE等の認知症スクリーニング検査、遺言能力鑑定、公正証書遺言の活用、遺言無効確認の調停(家庭裁判所)・訴訟(地方裁判所)、行政書士の業務範囲を整理します。
本記事の結論:
- 遺言能力は民法第963条で「遺言をする時においてその能力を有しなければならない」と規定。認知症であっても、遺言時に遺言能力があれば有効。
- 判断能力の証明には長谷川式認知症スケール(HDS-R)・MMSE・FAST等のスクリーニング検査結果、医師の診断書、診療録、介護記録、本人面談記録等を活用(点数だけで判定不可)。
- 公正証書遺言(民法第969条)は公証人・証人2人以上の関与により作成経緯の証拠として有利だが、公正証書遺言であっても遺言能力が争われ無効になる可能性はある。
- 遺言無効主張は、まず家庭裁判所での遺言無効確認の家事調停を経て、不成立の場合に地方裁判所(訴額140万円以下は簡易裁判所)での遺言無効確認訴訟に移行(調停は家庭裁判所、訴訟は地方裁判所の区別に注意)。
- 当事務所は公正証書遺言の原案作成・公証役場相談のための事実関係整理資料の作成を担当します。
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目次
認知症でも遺言能力があれば遺言は有効。作成時の判断能力の証拠化がカギ
認知症であっても、遺言時に遺言能力があれば遺言は有効です(民法第963条)。判断能力は段階的に低下するため、認知症の早期段階で遺言能力がある場合は、公正証書遺言(民法第969条、公証人・証人2人以上の関与)を優先的に検討します。判断能力の証明には長谷川式認知症スケール(HDS-R)・MMSE等のスクリーニング検査結果、医師の診断書、診療録、介護記録等を活用します。遺言能力をめぐる紛争は、まず家庭裁判所での遺言無効確認の家事調停を経て、調停不成立の場合は地方裁判所(訴額により簡易裁判所)での遺言無効確認訴訟として争われ、立証責任は遺言能力不存在を主張する側にあります。
根拠法令(2026年5月時点)
- 民法第963条(遺言能力):「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」
- 民法第961条(遺言適齢):15歳に達した者は遺言をすることができる
- 民法第962条(遺言と行為能力制限規定の不適用):遺言については民法第5条・第9条・第13条・第17条の行為能力の制限に関する規定を適用しない
- 民法第973条(成年被後見人の遺言):成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時に遺言をするには、医師2人以上の立会いが必要。立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記し、署名押印する必要がある。
- 民法第968条(自筆証書遺言)・第969条(公正証書遺言)・第969条の2(口がきけない方・耳が聞こえない方の方式)・第970条(秘密証書遺言)・第974条(証人の欠格事由)
- 民法第1004条(遺言の検認)
- 家事事件手続法(遺言無効確認は親族間の紛争として家事調停に親しむ事件)
- 長谷川式認知症スケール(HDS-R):30点満点、20点以下で認知症の疑いの目安
- MMSE(Mini-Mental State Examination):30点満点、23点以下で認知症の疑いの目安
- FAST(Functional Assessment Staging Test):認知症の重症度7段階評価
- 司法書士法第3条第1項第4号(裁判所提出書類の作成)・第6号(認定司法書士の簡裁訴訟代理)
- 弁護士法第3条(紛争代理)・第72条(非弁行為の禁止)
- 医師法第17条(医業の独占)
- 行政書士業務(権利義務に関する書類の作成)
1. 遺言能力とは(民法第963条)
遺言能力とは、遺言の意味と内容を理解し、その結果を判断する能力です。民法第963条は「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」と規定し、遺言時に遺言能力がなければ遺言は無効となります。なお、民法第962条は、遺言については行為能力の制限に関する規定(民法第5条・第9条・第13条・第17条)を適用しない旨を定めており、未成年者・成年被後見人等であっても遺言能力が認められれば遺言できる前提があります。
1-1. 遺言能力の判断基準
- 遺言の意義(自分の死後、財産を誰に承継させるかを決定する行為)を理解できるか
- 遺言内容(具体的な財産処分内容)を理解できるか
- 遺言の効果(自分の死後に効力が生じること)を理解できるか
- 遺言の結果(相続関係への影響)を判断できるか
1-2. 認知症と遺言能力
認知症と一括りにいっても、軽度(MCI:軽度認知障害)から重度まで段階があり、遺言能力の有無は遺言時の判断能力により個別に判断されます。HDS-R等の検査点数は重要な参考資料ですが、点数だけで遺言能力は決まりません。20点を超えていれば遺言能力が必ず認められるわけではなく、10点未満であれば常に無効と決まるわけでもありません。遺言能力は、遺言内容の複雑さ、財産内容、親族関係、本人の説明内容、作成経緯、医師の診断書・診療録、介護記録等を総合して判断します。
1-3. 成年被後見人の遺言(民法第973条)
成年被後見人であっても、事理を弁識する能力を一時回復した時に民法第973条の要件を満たせば遺言できる余地があります。具体的には、医師2人以上の立会いが必要で、立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記し、署名押印する必要があります。実務上のハードルは高く、判断能力が保たれている段階での早期対応が重要です。
2. 判断能力の証明方法
2-1. 長谷川式認知症スケール(HDS-R)
日本で広く用いられている認知症スクリーニング検査。30点満点で、20点以下は認知症の疑いの目安とされます。遺言作成前後に実施し、判断能力を客観的に立証する有力な資料となりますが、点数だけで遺言能力を判定することはできず、他の資料との総合判断となります。
2-2. MMSE(Mini-Mental State Examination)
国際的に広く用いられているスクリーニング検査。30点満点で、23点以下は認知症の疑いの目安とされます。HDS-Rと併用するケースが多くなっています。
2-3. 医師の診断書・診療録・意見書
遺言作成時前後の医師の診断書(認知症の有無・程度・治療経過)、診療録(カルテ)の写しが重要な証拠となります。主治医には、遺言作成時前後の認知機能、意思疎通能力、理解力、診断名、症状の経過、HDS-R・MMSE等の検査結果について、医学的観点から診断書又は意見書を作成してもらうことが有効です。遺言能力の有無は最終的には法的判断となるため、医師の意見書はその判断のための重要資料として位置付けます。
2-4. 介護記録・ケアプラン
介護保険サービス利用時のケアマネジャー(介護支援専門員)作成のケアプラン、訪問介護・デイサービス等の介護記録は、遺言時の日常生活上の判断能力を立証する資料となります。
2-5. 本人面談記録・録音録画
遺言作成前の本人面談や意思確認の状況を録音録画しておくことは、本人の受け答えや理解状況を示す資料となり得ます。ただし、録音録画は本人の同意、プライバシー、同席者の同意に配慮して行います。公証役場での作成時に録音録画を行う場合は、公証人・関係者の許可が必要であり、無断録音録画を前提にしないよう注意します。
3. 公正証書遺言の優位性(民法第969条)
判断能力に不安がある場合は、公正証書遺言を優先的に検討します。公証人が関与し、証人2人以上の立会いのもとで作成されるため、方式違反・偽造・変造のリスクを減らし、作成経緯の証拠を残しやすいという利点があります。ただし、公正証書遺言であっても遺言能力が争われることはあり、無効主張を完全に防げるわけではありません。
3-1. 公正証書遺言の作成手続
- 遺言者・公証人・証人2人以上が公証役場に出頭(または公証人が病院・施設・自宅等に出張)
- 遺言者が公証人に遺言の趣旨を口授(口頭で伝える。なお、口がきけない方や耳が聞こえない方については民法第969条の2により通訳人の通訳又は自書による申述、閲覧等の方式が認められる。事前に公証役場に確認)
- 公証人が本人確認や遺言内容の確認を行う
- 公証人が遺言内容を筆記し、遺言者・証人に読み聞かせまたは閲覧
- 遺言者・証人・公証人が署名押印
- 原本は公証役場に保管、正本・謄本は遺言者に交付
※病気・高齢・施設入所等の事情がある場合は、公証人に病院、施設、自宅等へ出張してもらい、公正証書遺言を作成できる場合があります。証人2人以上の立会いは必要です。
3-2. 公正証書遺言のメリット
- 公証人が本人確認や遺言内容の確認を行い、証人2人以上の立会いのもとで作成されるため、作成経緯の証拠として有利に働くことがあります。
- 原本が公証役場に保管されるため、紛失・偽造・変造のリスクなし
- 遺言の検認(民法第1004条)が不要で、相続発生後すぐに執行可能
- 判断能力に不安がある場合でも、公証人が関与した作成経緯の記録が残る
※ただし、遺言能力が争われる場合は、公正証書遺言だけでなく、医師の診断書、診療録、介護記録、面談記録等を併せて整理することが重要です。
3-3. 自筆証書遺言との比較
- 自筆証書遺言(民法第968条):本人の手書きで作成、家庭裁判所での検認が必要、判断能力の証明資料を別途整える必要
- 自筆証書遺言の法務局保管制度(2020年7月10日施行):法務局で自筆証書遺言を保管でき、家庭裁判所の検認が不要。ただし、法務局は遺言内容の有効性や遺言能力の有無を実質的に審査するものではないため、認知症が問題となる事案では、医療記録・面談記録等による遺言能力の立証が別途重要
- 公正証書遺言:公証人・証人2人以上の関与により作成経緯の証拠として有利
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4. 遺言無効主張の手続(調停は家庭裁判所、訴訟は地方裁判所)
4-1. 遺言無効確認の調停・訴訟
遺言能力の不存在等を理由とする遺言無効主張は、遺言無効確認の訴えにより行います。遺言無効確認の訴えは人事訴訟ではなく通常の民事訴訟であり、その管轄は地方裁判所(訴額140万円以下の場合は簡易裁判所)です。
ただし、遺言無効確認は親族間の紛争であり家事調停に親しむ事件であるため、まず家庭裁判所に遺言無効確認の家事調停を申し立て、調停が不成立となった場合に地方裁判所(または簡易裁判所)に遺言無効確認訴訟を提起する流れが一般的です。手続きを担当する裁判所が「調停は家庭裁判所、訴訟は地方裁判所」と分かれる点に注意が必要です。
4-2. 立証責任
遺言能力の不存在を理由に無効を主張する場合、通常、無効を主張する側(遺言で不利な扱いを受けた相続人等)が、遺言作成時に遺言能力がなかったことを主張立証する責任を負います。立証は、遺言時前後の医師の診断書・診療録、介護記録、HDS-R等のスクリーニング検査結果、関係者の陳述書等で行います。なお、遺言の方式違反、偽造、署名押印の真正、遺言内容の解釈など、争点ごとに必要な立証は異なります。
4-3. 遺言能力鑑定
裁判所が必要と判断した場合、精神医学的鑑定(遺言能力鑑定)を実施します。複数の医師が遺言時の判断能力を回顧的に評価する鑑定で、医療記録・関係者陳述書・本人面談記録等を総合的に検討します。
4-4. 無効判決の効果
遺言無効確認判決が確定すると、無効とされた範囲では、その遺言に基づく権利関係を前提にできなくなります。その後の処理は、全部無効か一部無効か、過去の遺言の有無、撤回の効力、遺産分割の状況、遺言執行の進行状況により異なります。別の有効な遺言がなければ、法定相続分を前提とした遺産分割協議等を検討します。
5. 認知症の方の遺言作成における実務的対策
5-1. 早期対応の重要性
判断能力が大きく低下すると、遺言能力が争われるリスクが高くなり、実務上、遺言作成は非常に難しくなります。もっとも、成年被後見人であっても、事理弁識能力を一時回復した時に民法第973条の要件を満たせば遺言できる余地はあります。ただし、医師2人以上の立会い等が必要で、実務上のハードルは高いため、判断能力が保たれている段階での早期対応が重要です。
5-2. 公正証書遺言の選択
判断能力に不安がある場合は、公正証書遺言(民法第969条)を優先的に検討します。公証人・証人2人以上の関与により作成経緯の証拠が残るため、後日の無効主張の難易度を下げる効果が期待できますが、公正証書遺言でも無効になり得るため、医療資料・面談記録との併用が重要です。
5-3. 判断能力の客観的記録
遺言作成時前後に、主治医にHDS-R・MMSE等の検査や診察を依頼し、認知機能、意思疎通能力、理解力、日常生活上の判断能力について診断書又は意見書を取得しておきます。医師の所見は重要な証拠になりますが、遺言能力の有無は法律上の総合判断であるため、遺言内容や作成経緯とあわせて整理します。
5-4. 家族信託・任意後見契約との併用(契約能力が必要)
遺言(死後の財産処分)に加え、本人が契約内容を理解できる段階で、家族信託(生前の財産管理)や任意後見契約(判断能力低下後の身上保護・財産管理)を併用することが考えられます。いずれも本人の契約締結能力が必要となるため、認知症が進行する前の早期準備が重要です。
6. 業務範囲の整理
行政書士の業務範囲
- 公正証書遺言の原案作成(本人意思確認を前提)
- 本人意思確認を前提とした公証役場との文案調整サポート
- 家族信託契約書・任意後見契約書の原案作成
- 遺言作成前の公証役場相談・専門家相談のための事実関係整理資料の作成(診断書、介護記録、本人面談記録、財産内容、推定相続人関係、遺言内容の希望等の整理)
- 相続関係説明図の作成
- 戸籍収集
※遺言無効確認調停・訴訟に提出する主張書面、証拠説明書、法的主張を含む書面の作成は、司法書士又は弁護士の業務範囲を確認します。
業務範囲外(連携先専門家)
- 遺言無効確認訴訟(地方裁判所)の代理(弁護士法第3条、弁護士業務。訴額140万円以下で簡易裁判所が管轄する場合は認定司法書士も訴訟代理可能、司法書士法第3条第1項第6号)
- 遺言無効確認の家事調停の代理(弁護士業務)
- 裁判所提出書類の作成(家事調停申立書、訴状、準備書面、証拠説明書等は司法書士法第3条第1項第4号の範囲に属する司法書士業務として整理)
- 認知症の診断、医学的評価、診断書・意見書の作成(医師業務)。HDS-R・MMSE等の検査は医療機関や介護現場で医師以外の専門職が実施することもあるが、遺言能力に関する医学的評価として用いる場合は、医師の診断書・診療録・意見書とあわせて整理します。
- 遺言能力鑑定(精神科医・専門医療機関)
- 相続登記(司法書士法第3条第1項第1号、司法書士業務)
- 相続税申告(税理士法第2条、税理士業務)
- 遺留分侵害額請求の交渉・訴訟代理(弁護士業務)
FAQ|よくあるご質問
Q1. 認知症と診断されている人でも遺言を作成できますか?
認知症と診断されていても、遺言時に遺言能力(遺言の意味・内容・効果・結果を理解する能力)があれば遺言は有効です(民法第963条)。軽度認知障害(MCI)や認知症の早期段階では判断能力が一定保たれているケースが多く、公正証書遺言の活用により無効主張のリスクを減らせます。成年被後見人であっても、事理弁識能力を一時回復した時に医師2人以上の立会いの下で遺言できる余地があります(民法第973条)。
Q2. 公正証書遺言と自筆証書遺言、どちらが認知症の場合に適していますか?
認知症の場合は公正証書遺言(民法第969条)を優先的に検討します。公証人・証人2人以上が関与し、作成経緯の証拠が残るため、後日の無効主張に対する難易度を下げる効果が期待できます。自筆証書遺言は本人の判断能力の証明を別途整える必要があります。ただし、公正証書遺言でも遺言能力が争われ無効になり得るため、医師の診断書・診療録・介護記録等を併せて整備します。
Q3. HDS-R何点以下なら遺言能力なしと判断されますか?
HDS-RやMMSEの点数は重要な参考資料ですが、遺言能力の有無は点数だけで決まりません。一般にHDS-Rは30点満点で20点以下が認知症疑いの目安とされますが、20点を超えていれば遺言能力が必ず認められるわけではなく、10点未満であれば常に無効と決まるわけでもありません。遺言内容が単純か複雑か、財産や相続人をどの程度理解していたか、作成時の受け答え、医療記録、介護記録、関係者の関与状況などを総合して判断されます。
Q4. 遺言無効主張は誰でもできますか?どこの裁判所に申し立てますか?
遺言で不利な扱いを受けた相続人(または相続人になるべき者)等、遺言の有効・無効について法律上の利害関係を有する者が遺言無効確認の訴えを提起できます。立証責任は無効を主張する側にあり、遺言時の判断能力欠如等を立証する必要があります。遺言無効確認は親族間の紛争として家事調停に親しむため、まず家庭裁判所での家事調停を経て、調停不成立の場合に地方裁判所(訴額140万円以下の場合は簡易裁判所)の遺言無効確認訴訟に移行するのが一般的です。
Q5. 既に認知症が進行している親に今から遺言を作成させられますか?
進行度・判断能力により判断が分かれます。主治医に判断能力の検査・診断を依頼し、遺言能力があると判断される場合は公正証書遺言の作成を急ぐべきです。判断能力が大幅に低下している場合は、新たな遺言作成や家族信託契約の締結が難しくなります。既に有効に設定された家族信託や任意後見契約がある場合はその活用を検討し、ない場合は法定後見、遺産分割協議、法定相続、遺留分等の枠組みで対応を検討します。
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まとめ
遺言能力は民法第963条で「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」と規定されています。認知症と診断されていても、遺言時に遺言能力(遺言の意味・内容・効果・結果を理解する能力)があれば遺言は有効です。認知症は段階的に進行するため、判断能力が保たれている早期段階での遺言作成が重要です。成年被後見人であっても、事理弁識能力を一時回復した時に医師2人以上の立会いの下で遺言できる余地があります(民法第973条)。
判断能力の証明には、長谷川式認知症スケール(HDS-R、30点満点・20点以下で認知症疑いの目安)、MMSE(30点満点・23点以下で認知症疑いの目安)、FAST(重症度7段階評価)等のスクリーニング検査結果、医師の診断書・診療録、介護記録・ケアプラン、本人面談記録等を活用します。点数だけで遺言能力を判定することはできず、遺言内容の複雑さ、財産内容、親族関係、作成時の受け答え、医療記録・介護記録・関係者の関与状況等を総合判断します。医師の意見書は医学的観点(認知機能・意思疎通・理解力等)で取得し、遺言能力の有無は最終的な法的判断のための重要資料として位置付けます。
認知症の方の遺言作成では、公正証書遺言(民法第969条)を優先的に検討します。公証人・証人2人以上が関与し、作成経緯の証拠が残るため、後日の無効主張に対する難易度を下げる効果が期待できます。病気・高齢・施設入所等の事情がある場合は、公証人の出張作成も可能です。ただし、公正証書遺言であっても遺言能力が争われ無効になる可能性はあるため、医療資料・面談記録との併用が重要です。法務局保管制度(2020年7月10日施行)は自筆証書遺言の保管・検認不要を効果としますが、遺言能力の実質審査は行いません。
遺言無効主張は、遺言無効確認の訴えにより行います。遺言無効確認は親族間の紛争として家事調停に親しむため、まず家庭裁判所での家事調停を経て、調停不成立の場合に地方裁判所(訴額により簡易裁判所)の遺言無効確認訴訟に移行するのが一般的です(調停は家庭裁判所、訴訟は地方裁判所の区別に注意)。立証責任は無効を主張する側にあり、遺言時前後の医師の診断書・診療録、介護記録、HDS-R等のスクリーニング検査結果、関係者の陳述書等で立証します。裁判所が必要と判断した場合は遺言能力鑑定(精神医学的鑑定)も実施されます。
当事務所では公正証書遺言の原案作成、本人意思確認を前提とした公証役場との文案調整、家族信託契約書・任意後見契約書の原案作成、公証役場相談のための事実関係整理資料の作成を行政書士業務範囲で対応します。遺言無効確認訴訟・調停の代理は弁護士業務(訴額140万円以下の簡裁訴訟代理は認定司法書士も可、司法書士法第3条第1項第6号)、裁判所提出書類の作成は司法書士業務、医学的評価・診断書作成・鑑定は医師業務、相続登記は司法書士業務、相続税申告は税理士業務です。認知症の方の遺言作成や遺言能力に関する事実関係整理をご検討中の方は、判断能力が保たれている早期段階でぜひ一度ご相談ください。
※ 本記事は執筆時点の法令・実務に基づき細心の注意を払って執筆しておりますが、内容の正確性・完全性・最新性を保証するものではなく、誤記・脱漏等があった場合でも当事務所は一切の責任を負いません。法令・実務の取扱いは改正・運用変更により変動します。個別具体的な事案・手続については、必ず行政書士・弁護士・税理士・司法書士等の専門家にご確認のうえご判断ください。