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夫婦共同遺言は無効|民法975条の趣旨と単独遺言での夫婦の意思反映方法

更新: 約28分で読めます

「夫婦で一緒に遺言書を書いておきたい」——終活のご相談で、これは非常によく出てくるご希望です。長年連れ添った夫婦であれば財産の分け方についての考えも一致していることが多く、1通の用紙に2人分の意思をまとめて書いておけば、手間も費用も半分で済むように思えます。ところが民法は、これを正面から禁じています。民法975条は「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない」と定めており、これに反して作成された遺言は無効です。しかも「夫の部分だけは有効に残る」といった扱いにはならず、原則として証書全体が効力を失います。

本記事では、共同遺言がなぜ禁止されているのかという趣旨を条文と最高裁判例から整理したうえで、夫婦がそれぞれ単独の遺言書を作ることで、結果として「夫婦共同の意思」を確実に実現するための設計方法を実務目線で解説します。あわせて、2025年10月1日から始まった公正証書の作成手続のデジタル化と手数料改定、法務局の自筆証書遺言書保管制度の手数料など、費用面の最新情報も条文・所管省庁の公表資料に基づいて整理します。

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民法975条「共同遺言の禁止」とは|条文と効果の確認

まず条文を正確に確認します。民法975条は次のとおりです。

(共同遺言の禁止)
第九百七十五条 遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない。

条文はわずか一文ですが、内容は明快です。2人以上の者が「同一の証書」で遺言をすることはできない、というのが結論です。ここでいう「証書」とは、遺言の意思が表示された書面そのものを指します。夫婦が1枚の便箋に上下に分けて書いた場合はもちろん、複数枚の用紙を綴じて1つの遺言書として仕立てた場合にも問題になります。

禁止の対象は「夫婦」に限らない

条文の主語は「二人以上の者」であり、夫婦に限定されていません。親子・兄弟姉妹・共同経営者・事実婚のパートナー同士など、およそどのような関係であっても、同一の証書で2人分の遺言をすることはできません。実務上は夫婦のケースが圧倒的に多いため「夫婦共同遺言の禁止」と呼ばれることがありますが、法律上の射程はもっと広いと理解してください。

違反した場合の効果は「無効」

民法960条は「遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない」と定めています。遺言は要式行為であり、法律の定める方式に従わない遺言は効力を生じません。共同遺言の禁止も遺言の方式に関する規定として位置づけられているため、これに反する遺言は方式違背として無効になります。

ここで最も注意していただきたいのが、無効の範囲です。「夫が書いた部分は夫の遺言として有効、妻が書いた部分は妻の遺言として有効」という形で切り分けられるわけではありません。共同遺言に該当すると判断された場合、その証書に記載された遺言は、両当事者の分を含めて全体が効力を失うのが原則です。遺言者が死亡し、相続が開始してから「この遺言書は使えません」と判明するため、取り返しがつかないという点で影響は極めて大きいものになります。

無効になると何が起きるか

遺言が無効になれば、遺言がなかった場合と同じ状態に戻ります。すなわち、相続人全員による遺産分割協議の進め方|全相続人参加の原則・必要書類・期限・分割案の取りまとめ実務で解説しているとおり、共同相続人全員が参加して遺産分割協議を行い、全員の合意によって分け方を決めることになります。

「配偶者に自宅を残したい」「長男には事業用資産を承継させたい」といった具体的な希望があったとしても、遺言が無効であれば、その希望は法的な拘束力を持ちません。相続人の間で意見が割れれば協議は長期化し、最終的に家庭裁判所の調停・審判で決着させることになります。せっかく元気なうちに準備したはずの遺言が、かえって「本人はこう望んでいたはずだ」という争点を生んでしまうことすらあります。

なぜ共同遺言は禁止されているのか|民法975条の趣旨

「夫婦の考えが一致しているのに、なぜわざわざ別々に書かなければならないのか」という疑問は当然です。共同遺言禁止の趣旨は、大きく次の3点に整理できます。

趣旨1:遺言の撤回の自由を確保するため

民法1022条は「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる」と定め、さらに民法1026条は「遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することができない」と定めています。遺言はいつでも自由に撤回できること、そしてその撤回権を放棄させられないことが、遺言制度の根幹とされています。

ところが、夫婦が1通の証書で遺言をしてしまうと、一方だけが自分の意思を撤回したいと考えたときに、事実上それが困難になります。証書が物理的に1つである以上、自分の部分だけを取り消そうとすれば、もう一方の遺言の存在や体裁にも影響が及びかねません。また、心理的にも「相手に無断で撤回しにくい」という圧力が働きます。共同遺言の禁止は、こうした形で撤回の自由が骨抜きになることを防ぐための制度です。

趣旨2:遺言者の真意が他方の影響を受けていないかを確認するため

民法963条は「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」と定めています。遺言は、あくまで遺言者本人の単独の意思表示です。2人が同じ証書に並べて書いたという事実そのものが、「一方が他方の意思に引きずられたのではないか」「実際には一方が主導して書かせたのではないか」という疑念を生みます。

特に、高齢のご夫婦の場合、判断能力の程度に差があることも珍しくありません。関連論点は認知症の被相続人の遺言能力|民法第963条・公正証書遺言の優位性と遺言無効確認の調停(家庭裁判所)・訴訟(地方裁判所)で整理していますが、共同遺言はこの「真意かどうか」の争点を最初から抱え込むことになります。1通ずつ独立した証書にしておけば、少なくとも形式面では、それぞれが自分の意思で作成したものと扱えます。

趣旨3:一方が無効・撤回された場合の処理が複雑になるため

仮に共同遺言を認めたとすると、一方の遺言者に遺言能力がなかった、方式に不備があった、あるいは後日撤回した、という事態が起きたときに、残された他方の遺言をどう扱うべきかが極めて難しくなります。他方の遺言は、相手の遺言があることを前提に作られていたのか、それとも独立して有効なのか——この判断を巡って相続人間に紛争が生じます。民法975条は、そもそもそのような証書を作らせないことで、紛争の芽を事前に断つ規定だと理解できます。

共同遺言の3類型と、判例が示す「同一の証書」の判断基準

共同遺言は、その内容の結びつき方によっておおむね次の3類型に分けて説明されます。

単純型(各自が独立の内容を書いているもの)

2人が同じ証書に、それぞれ無関係の内容を書いている場合です。たとえば夫が「自宅は妻に相続させる」と書き、妻が「預金は長女に相続させる」と書いたようなケースで、内容の間に条件関係はありません。この単純型であっても、民法975条の適用を免れることはできません。同一の証書に結合されている以上、意思が相互に影響を受けた疑いが生じる余地があるためです。「内容が独立しているから大丈夫だろう」という判断は成り立ちません。

相互型(互いに相手方へ財産を残し合うもの)

夫が「全財産を妻に相続させる」と書き、妻が「全財産を夫に相続させる」と書くように、互いに相手を受益者とする内容です。夫婦が希望されるケースとして最も多い形ですが、これも当然に共同遺言に当たります。

相関型(一方の遺言が他方の条件になっているもの)

同一の証書の中で、夫の遺言による処分が「妻も同じ証書で夫に全財産を相続させる遺言をしていること」を前提とするなど、一方の遺言の効力が他方の遺言の効力に依存している場合です。撤回の自由が最も強く制約される類型であり、共同遺言の弊害が典型的に表れます。なお、1通の遺言書の中で「配偶者が自分より先に死亡していたときは長男に相続させる」と定めておくこと(後述する予備的条項)は、遺言者1人が単独の証書でする遺言の中の定めですから、共同遺言には当たりません。

いずれの類型であっても結論は同じで、同一の証書に2人以上の遺言が記載されていれば無効です。内容の独立性や、夫婦の合意があったかどうかは、この判断を左右しません。ここから先、実務で問題になるのは「どこまでが同一の証書か」という線引きです。最高裁はこの点について、2つの重要な判断を示しています。

最判昭和56年9月11日|一方が方式違背で無効でも共同遺言に当たる

最高裁昭和56年9月11日判決(民集35巻6号1013頁)は、同一の証書に2人の遺言が記載されている場合には、そのうち一方に氏名を自書していないという方式の違背があるときでも、その遺言は民法975条により禁止された共同遺言に当たると判示しました。

この判断の実務的な意味は重大です。「妻の部分は署名がなくてどうせ無効なのだから、夫の部分だけを有効な単独遺言として扱えばよいのではないか」という主張は通らない、ということです。片方が形式的に無効であっても、証書としては2人分の遺言が並記されている以上、共同遺言として全体が無効になります。

最判平成5年10月19日|容易に切り離せるときは共同遺言に当たらない

他方で、最高裁平成5年10月19日判決(判例タイムズ832号78頁)は、共同遺言に当たらないと判断した事例です。問題となった遺言書は罫紙4枚を合綴したもので、各ページに夫の印鑑による契印がされていました。しかし内容を見ると、1枚目から3枚目までは夫名義の遺言書の形式、4枚目は妻名義の遺言書の形式であり、両者は容易に切り離すことができる状態でした。最高裁は、このような場合には民法975条により禁止された共同遺言に当たらないと判断しています。

2つの判例から読み取るべき実務上の教訓

この2つの判例を並べると、判断の分かれ目は「1つの証書として不可分に一体化しているか、それとも独立した2つの証書が物理的に束ねられているだけか」という点にあることが分かります。

ただし、ここから「契印があっても切り離せるなら大丈夫」という運用を導くのは極めて危険です。平成5年判決は、あくまで個別の事案について、諸事情を踏まえて共同遺言に当たらないと判断したものです。合綴の方法、契印の有無と位置、記載の連続性、署名押印の状況などが少し違えば、結論も変わり得ます。そして、この判断が行われるのは遺言者が亡くなった後、相続人が裁判で争っている段階です。

実務では、判例のグレーゾーンに賭ける理由はまったくありません。夫婦の遺言は、用紙・封筒・保管場所のすべてを完全に分け、それぞれ独立した1通の遺言書として作成する——これが唯一の安全な選択です。

共同遺言の禁止はすべての方式に及ぶ

民法967条は、普通の方式による遺言として自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言の3種類を定めています。共同遺言の禁止は、このいずれの方式にも等しく適用されます。方式ごとの特徴は遺言書の種類と選び方|自筆証書・公正証書・秘密証書の違いで整理していますので、あわせてご覧ください。

自筆証書遺言(民法968条)

自筆証書遺言は、遺言者が全文・日付・氏名を自書し、押印することによって成立します(民法968条1項)。2018年の改正により、相続財産の目録を添付する場合には、その目録については自書を要しないこととされました(同条2項)。ただし目録の毎葉に署名・押印が必要です。詳細は自筆証書遺言の財産目録の作成方法|パソコン作成可・通帳コピー添付の注意点をご確認ください。

自筆証書は自宅で気軽に作成できるぶん、夫婦が同じ用紙に書いてしまう事故が最も起きやすい方式です。ご相談の現場でも、「2人で相談しながら1枚に書いた」という遺言書が持ち込まれることがあります。

公正証書遺言(民法969条)

公正証書遺言は、証人2人以上の立会いのもと、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授して作成します(民法969条1項)。公証人が関与するため、夫婦2人分を1通の公正証書にまとめるという事態は通常起こりません。ご夫婦で公正証書遺言を作る場合は、同じ日に公証役場へ行くとしても、遺言公正証書は必ず1人につき1通ずつ作成されます

なお、証人になれない者は民法974条に列挙されており、未成年者、推定相続人・受遺者およびこれらの配偶者・直系血族、公証人の配偶者・四親等内の親族・書記・使用人は証人になれません。夫婦で遺言を作る場合、互いに相手の証人を務めることはできない点に注意が必要です。詳しくは公正証書遺言の証人になれない人|証人2名の費用・民法974条・行政書士への依頼方法で解説しています。

秘密証書遺言(民法970条)

秘密証書遺言は、遺言者が証書に署名押印して封じ、証書に用いた印章で封印したうえ、公証人1人および証人2人以上の前に封書を提出する方式です(民法970条1項)。内容を秘密にしたまま存在だけを明確にできる方式ですが、封の中身は公証人も確認しないため、夫婦2人分の遺言を1通の証書に書いて封入してしまえば、当然に共同遺言として無効になります。なお、秘密証書の方式に欠けるところがあっても、民法968条の方式を備えているときは自筆証書遺言として効力を有します(民法971条)。方式の詳細は秘密証書遺言の作成手順と費用|3方式との違いと使い所をご覧ください。

特別の方式による遺言にも準用される

民法982条は、民法968条3項および973条から975条までの規定を、976条から981条までの規定による遺言(死亡の危急に迫った者の遺言、伝染病隔離者の遺言、在船者の遺言、船舶遭難者の遺言といった特別の方式)について準用すると定めています。つまり、危急時遺言などの特別方式であっても、共同遺言の禁止は同様に適用されます。緊急の場面だからといって夫婦をまとめて1通で処理することはできません。

夫婦の意思を単独遺言で実現する設計方法

ここからが本題です。共同遺言が禁止されていても、夫婦が共通して望む結果を実現することは十分に可能です。方法は単純で、内容を揃えた単独遺言を2通、それぞれが作成することです。

設計1:内容を対応させた2通の単独遺言を作る

もっとも基本的な設計です。夫の遺言書と妻の遺言書を別々の証書として作成し、内容を相互に対応させます。たとえば次のような組み合わせです。

  • 夫の遺言書:「自宅の土地建物および預貯金の全部を妻○○に相続させる」
  • 妻の遺言書:「自宅の土地建物および預貯金の全部を夫○○に相続させる」

2通は完全に独立した遺言ですから、いずれか一方だけを後日撤回することも自由です。これは共同遺言の弊害を避けつつ、夫婦の希望をそのまま実現できる形です。作成日を同じ日にしても構いませんし、公証役場で同日に続けて作成することもできます。大切なのは、証書が別であることと、それぞれが自分の意思で作成していることです。

自筆証書遺言でこの設計を行う場合、次のポイントを守れば共同遺言の疑いは生じません。

  • 用紙は夫用・妻用で完全に分ける。1枚の用紙に2人分を書かない
  • それぞれの遺言書に、遺言者本人が全文・日付・氏名を自書し、押印する(民法968条1項)
  • 署名押印は本人のみが行う。配偶者が連署したり、確認印を押したりしない
  • 複数枚になる場合の綴じ方・契印も、夫の遺言書と妻の遺言書で別々に完結させる
  • 封筒・保管場所も分ける。法務局の保管制度を使う場合は無封で1通ずつ申請する

逆に、次のような形は共同遺言と評価されるおそれが高く、避けなければなりません。1枚の便箋の上半分に夫の遺言、下半分に妻の遺言を書く夫の遺言書の末尾に妻が「上記に同意します」と署名する夫婦連名の表題を付けて1つの文書に仕立てるといった作り方です。いずれも「夫婦で1通にまとめたい」という善意から生じるものですが、結果として遺言全体を失わせます。

設計2:予備的条項(補充遺言)を必ず入れる

夫婦相互に財産を残す遺言で必ず検討すべきなのが、「相手が先に亡くなっていた場合」の定めです。民法994条1項は「遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じない」と定めています。

また、「相続させる」旨の遺言についても、最高裁平成23年2月22日判決は、そのような遺言により相続するものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、遺言者が当該推定相続人の代襲者などに相続させる意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生じないと判示しています。「相続させる」旨の遺言の法的性質については「相続させる旨の遺言」と特定承継|最判平成3年4月19日と相続分の指定を行政書士が解説で詳しく整理しています。

つまり、「全財産を妻に相続させる」とだけ書いた夫の遺言は、妻が夫より先に亡くなった場合、その部分については効力を生じないことになります。そこで、次のような予備的条項を置きます。

第○条 遺言者は、遺言者の有する一切の財産を妻○○に相続させる。
第○条 妻○○が遺言者の死亡以前に死亡していたときは、前条により妻○○に相続させるものとした財産は、長男○○に相続させる。

夫婦が同乗中の事故で同時に亡くなるケースなども想定すると、この予備的条項の有無が結果を大きく左右します。夫婦相互の遺言を作るときは、予備的条項をセットで設けることが実務上の標準と考えてください。

設計3:遺言執行者を指定しておく

民法1006条1項は、遺言者が遺言で1人または数人の遺言執行者を指定できると定めています。遺言執行者が指定されていれば、預貯金の払戻しや解約の申入れ(民法1014条3項)など、相続手続を進める権限が明確になります。夫婦の遺言では、互いを執行者に指定するだけでなく、相手が先に亡くなっていた場合に備えて予備の執行者も指定しておくのが安全です。遺言執行者の役割は遺言執行者とは?役割・選任方法・費用・権限を解説で解説しています。

設計4:付言事項で夫婦の共通の思いを残す

法的効力は生じませんが、遺言書の末尾に付言事項として「私たち夫婦は、残された配偶者の生活を最優先に考えてこの遺言を作りました」といった趣旨を記すことは可能です。夫婦それぞれの遺言書に同趣旨の付言を入れておけば、証書は別々でも、夫婦の共通の意思であったことが読み手に伝わります。相続人の納得感を高め、無用な紛争を避けるという意味で、実務上の効果は小さくありません。

参考:夫婦財産契約との違い

なお、夫婦が2人で1つの書面を作る制度として、民法755条以下の夫婦財産契約があります。ただしこれは遺言ではなく契約であり、婚姻の届出までにその登記をしなければ夫婦の承継人および第三者に対抗することができず(民法756条)、婚姻の届出後は変更することができません(民法758条1項)。婚姻後に「夫婦で財産の取り決めをしたい」という場面で使える制度ではない点に注意してください。

また、贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与(死因贈与)については、民法554条により、その性質に反しない限り遺贈に関する規定が準用されます。死因贈与は契約であって遺言ではありませんが、遺贈に関する規定が準用されるため、遺言と同様の観点からの検討が必要です。

一次相続・二次相続を見据えた条項設計の実務ポイント

夫婦の遺言を設計する際は、夫婦の一方が亡くなる「一次相続」だけでなく、残された配偶者が亡くなる「二次相続」まで視野に入れる必要があります。

配偶者居住権・配偶者短期居住権

民法1028条1項は、被相続人の配偶者が被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、①遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき、②配偶者居住権が遺贈の目的とされたときのいずれかに該当するときは、その居住建物の全部について無償で使用および収益をする権利(配偶者居住権)を取得すると定めています。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合は取得できません。

存続期間は原則として配偶者の終身の間ですが、遺産分割の協議もしくは遺言に別段の定めがあるとき、または家庭裁判所が遺産分割の審判において別段の定めをしたときは、その定めるところによります(民法1030条)。遺言で配偶者居住権を残す場合は「遺贈する」と記載する必要があり、「相続させる」では要件を満たしません。この書きぶりの差は決定的なので、条文どおりの文言を用いてください。

また、配偶者が相続開始の時に無償で居住していた場合には、民法1037条1項により、一定の日までの間、配偶者短期居住権が認められます。居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産分割をすべき場合は、遺産分割により居住建物の帰属が確定した日または相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日までとされています。

遺留分への配慮

「全財産を配偶者に相続させる」という遺言は、他の相続人の遺留分を侵害する可能性があります。民法1042条1項は、兄弟姉妹以外の相続人が遺留分として、直系尊属のみが相続人である場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1の割合を乗じた額を受けると定めています。相続人が数人ある場合には、この割合に民法900条・901条により算定した各自の相続分を乗じた割合となります(同条2項)。

遺留分を侵害された場合、遺留分権利者およびその承継人は、受遺者または受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法1046条1項)。この請求権は、遺留分権利者が相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは時効によって消滅し、相続開始の時から10年を経過したときも同様です(民法1048条)。

なお、兄弟姉妹には遺留分がありません。子がいないご夫婦で、配偶者と被相続人の兄弟姉妹が相続人となる場合、遺言で全財産を配偶者に残せば、兄弟姉妹から遺留分侵害額を請求されることはありません。子のいない夫婦にとって、遺言を作る意義がとりわけ大きいのはこのためです。

家族構成別に見た設計の勘所

夫婦の遺言をどう設計するかは、推定相続人の顔ぶれによって大きく変わります。実務でよく登場する3つのパターンを整理します。

子がいるご夫婦の場合、配偶者と子が相続人となり、法定相続分は各2分の1です(民法900条1号)。「全財産を配偶者に」とすると子の遺留分が問題になり得るため、遺留分を意識した配分にするか、あるいは遺留分侵害額の請求がされた場合に備えて金融資産の配分を調整しておくといった検討が必要です。

子がいないご夫婦の場合、配偶者とともに直系尊属または兄弟姉妹が相続人となります。前述のとおり兄弟姉妹には遺留分がないため、遺言の効果が最も大きく表れる類型です。逆に遺言がないと、配偶者は義理の兄弟姉妹、場合によっては甥姪と遺産分割協議をしなければなりません。

再婚のご夫婦の場合、前婚の子と現配偶者との間で利害が対立しやすく、また現配偶者の連れ子には養子縁組をしない限り相続権がありません。誰に何を残すかを条項レベルで明確にし、予備的条項まで整えておく必要性が特に高い類型です。

遺産分割の禁止・相続分の指定

民法908条1項により、被相続人は遺言で遺産の分割の方法を定め、もしくはこれを定めることを第三者に委託し、または相続開始の時から5年を超えない期間を定めて遺産の分割を禁ずることができます。また民法902条1項により、遺言で共同相続人の相続分を定めることもできます。夫婦の遺言では、どこまで具体的に指定するかを事前に整理しておくことが重要です。

税務については税理士へ

一次相続・二次相続を通じた税負担については、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例など、専門的な判断を要する論点が数多くあります。相続税の計算・申告書の作成・具体的な税額の試算は税理士の業務です。税務に関する事項は必ず税理士にご確認ください。本記事では税額の計算例や節税の方法については触れません。

方式ごとの作成方法と費用|自筆証書・保管制度・公正証書

夫婦がそれぞれ単独遺言を作る場合、どの方式を選ぶかで手続と費用が変わります。

自筆証書遺言+法務局の保管制度

自筆証書遺言は費用をかけずに作成できますが、紛失・改ざん・未発見のリスクがあります。これを補うのが、法務局における遺言書の保管等に関する法律(平成30年法律第73号)に基づく自筆証書遺言書保管制度です。

保管の申請は、遺言者の住所地もしくは本籍地または遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所に対して行います(同法4条3項)。申請する遺言書は法務省令で定める様式に従って作成した無封のものでなければならず(同条2項)、法務省の案内によれば、用紙はA4サイズ、余白は上部5ミリメートル・下部10ミリメートル・左20ミリメートル・右5ミリメートルを確保し、片面のみに記載し、複数ページの場合は各ページにページ番号を記載し、ホチキス等では綴じないこととされています。

そして重要なのが、遺言者本人が遺言書保管所に自ら出頭して申請しなければならないという点です(同法4条6項)。夫婦であっても代理はできませんので、ご夫婦それぞれが出頭し、それぞれの遺言書について別々に申請することになります。共同遺言が禁止されている以上、これは当然の帰結です。

手数料は法務省の公表資料によれば次のとおりです。

手続 手数料
遺言書の保管の申請 1件につき3,900円
遺言書の閲覧請求(モニターによる閲覧) 1回につき1,400円
遺言書の閲覧請求(原本の閲覧) 1回につき1,700円
遺言書情報証明書の交付請求 1通につき1,400円
遺言書保管事実証明書の交付請求 1通につき800円
申請書等・撤回書等の閲覧請求 1件につき1,700円

保管制度には通知の仕組みもあります。関係相続人等が遺言書情報証明書の交付を受けたり閲覧をしたりしたときは、遺言書保管官がその旨を他の相続人等に通知します(同法9条5項。関係遺言書保管通知)。また、遺言者があらかじめ指定した者に対し、遺言者の死亡が確認されたときに遺言書が保管されている旨を通知する「指定者通知」の運用があり、法務省の案内によれば指定できる人数は3名までとされています。保管申請書の書き方は自筆証書遺言書保管制度―遺言者の保管申請書の書き方について―で解説しています。

公正証書遺言

公正証書遺言は、公証人が関与するため方式不備のリスクが小さく、原本が公証役場に保管される点で安全性が高い方式です。証人2人以上の立会いが必要で、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授します(民法969条1項)。

また、公証人法49条は、公証人が同法18条2項本文の規定にかかわらず、その役場以外の場所において、民法969条から970条まで及び972条に規定する遺言に係る職務を行うことができると定めています。体調等の事情で公証役場に出向けない場合には、公証人に出張してもらって遺言公正証書を作成することが可能です。

費用については、公正証書の作成手続のデジタル化に伴い、2025年(令和7年)10月1日から公証人手数料令が改正されています。公証人手数料令および日本公証人連合会の公表資料によれば、法律行為に関する公正証書の手数料は目的の価額に応じて次のとおりです。

目的の価額 手数料
50万円まで 3,000円
100万円まで 5,000円
200万円まで 7,000円
500万円まで 1万3,000円
1,000万円まで 2万円
3,000万円まで 2万6,000円
5,000万円まで 3万3,000円
1億円まで 4万9,000円

さらに、遺言公正証書については、目的の価額が1億円以下の場合、手数料額に1万3,000円が加算されます(いわゆる遺言加算)。また、公正証書の分量が多いときには一定の額が加算されます。

ここで夫婦の遺言に関して重要なのは、手数料は1通ごとに計算されるという点です。夫婦がそれぞれ遺言公正証書を作成すれば、当然に2通分の手数料がかかります。「1通にまとめれば安く済む」という発想が生まれやすいところですが、民法975条により、それは選択肢にはなりません。

なお、2025年10月1日からの改正では、公正証書は原則として電磁的記録(電子データ)で作成・保存されることとなり、インターネットを利用した嘱託や、公正証書に関する証明情報を電子データで受け取ることも可能になりました。ウェブ会議(リモート方式)の利用は、嘱託人からの申出があり、かつ公証人が相当と認める場合に限られ、その相当性の基準については通達で定められています。遺言公正証書をどのような方式で作成できるかは、実際に依頼する公証役場に事前にご確認ください。

秘密証書遺言

秘密証書遺言は、内容を秘密にしたまま存在を明確にできる方式ですが、公証人が内容を確認しないため方式不備のリスクが残り、また法務局の保管制度の対象にもなりません(保管の対象は民法968条の自筆証書によってした遺言に係る遺言書です。同法1条)。夫婦で作成する場合も、当然それぞれ別の証書として封入する必要があります。

すでに夫婦で1通の遺言書を作ってしまった場合の対応

ご相談の中で実際に多いのが、「もう夫婦で1通の遺言書を作ってしまった」というケースです。

作り直すのが最も確実

結論としては、速やかに、それぞれが単独の遺言書を作り直すことが唯一の確実な対応です。共同遺言に当たるかどうかは、最終的には遺言者の死後に裁判所が判断する事柄です。生前であれば、作り直すだけでリスクをゼロにできます。

民法1022条により、遺言者はいつでも遺言の方式に従って遺言の全部または一部を撤回できます。また民法1023条1項は、前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなすと定めています。さらに、遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分について遺言を撤回したものとみなされます(民法1024条前段)。撤回の具体的な方法は遺言書の撤回・変更方法|書き換え・取消しの手続きと注意点を解説で解説しています。

実務上は、新しい遺言書に「遺言者は、令和○年○月○日付で作成した遺言をすべて撤回する」という条項を明記したうえで、旧遺言書を処分する方法が分かりやすい対応です。ただし、旧遺言書を夫婦のどちらか一方だけが破棄すると、他方の意思との関係が問題になり得ますので、2人分の遺言をそれぞれ作り直したうえで、旧証書の扱いも2人で確認して決めるのが安全です。

すでに相続が開始してしまっている場合

遺言者が亡くなった後に共同遺言が見つかった場合、まず民法1004条1項により、遺言書の保管者は相続の開始を知った後、遅滞なくこれを家庭裁判所に提出して検認を請求しなければなりません。保管者がない場合において相続人が遺言書を発見した後も同様です。封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人またはその代理人の立会いがなければ開封できません(同条3項)。なお、公正証書遺言には検認は不要であり(同条2項)、法務局の遺言書保管所に保管されている遺言書についても民法1004条1項は適用されません(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)。検認手続の流れは遺言書の検認手続き|家庭裁判所への申立て方法・必要書類・費用を行政書士が解説をご覧ください。

検認はあくまで遺言書の形状や内容を確認して保存する手続であり、遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。共同遺言に当たるかどうかを最終的に確定させるには、遺言無効確認の調停・訴訟といった手続によることになります。これらの裁判上の手続の代理は弁護士の業務です。また、家庭裁判所に提出する書類の作成は司法書士の業務です。

遺言が無効と扱われる場合、相続手続は遺言がない場合と同じく、共同相続人全員による遺産分割協議によって進めることになります。この場合には、まず戸籍を遡って相続人を確定させる作業が出発点となります。

よくあるご質問

Q. 夫婦で同じ日に、同じ内容の遺言書を別々に作るのは問題ありませんか

問題ありません。民法975条が禁止しているのは「同一の証書」で2人以上が遺言をすることです。証書が別々であれば、作成日が同じでも、内容が対応していても、共同遺言には当たりません。公証役場で同日に続けて2通の遺言公正証書を作成することも一般的に行われています。

Q. 夫婦の遺言書を1つの封筒にまとめて入れて保管してもよいですか

証書が別々である以上、封筒を共通にしても直ちに共同遺言になるわけではありません。しかし、開封時の混乱を避けるという観点からは、封筒も別々にし、それぞれの表面に遺言者の氏名を明記しておくことをおすすめします。法務局の保管制度を利用する場合は、そもそも無封で提出し、遺言書保管所が1通ずつ保管しますので、この問題は生じません。

Q. 夫が書いた遺言書に妻が署名だけしてもよいですか

避けてください。「妻の署名がある」という事実は、その証書に妻の意思表示が含まれているのではないかという疑いを生みます。最判昭和56年9月11日の考え方からすれば、一方の記載に方式の不備があっても共同遺言として無効になり得ます。夫の遺言書には夫のみが署名押印してください。

Q. 夫婦がお互いの遺言の証人になることはできますか

できません。民法974条2号により、推定相続人および受遺者ならびにこれらの配偶者および直系血族は、遺言の証人または立会人となることができません。配偶者は民法890条により常に相続人となりますので、夫は妻の遺言の証人になれませんし、その逆も同様です。公正証書遺言を作成する場合は、要件を満たす第三者2名を確保する必要があります。

Q. 子どもがいない夫婦こそ遺言が必要と聞きました。なぜですか

子がいない場合、配偶者とともに被相続人の直系尊属または兄弟姉妹が相続人となります(民法889条・890条)。法定相続分は、配偶者と直系尊属が相続人であるときは配偶者3分の2・直系尊属3分の1、配偶者と兄弟姉妹が相続人であるときは配偶者4分の3・兄弟姉妹4分の1です(民法900条2号・3号)。遺言がなければ、配偶者は義理の親族と遺産分割協議をしなければなりません。兄弟姉妹には遺留分がありませんので(民法1042条1項は「兄弟姉妹以外の相続人」と規定)、遺言で全財産を配偶者に残せば、その希望をそのまま実現できます。

Q. 遺言書を作った後に財産の内容が変わったらどうなりますか

民法1023条2項により、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合には、その抵触する部分については遺言を撤回したものとみなされます。財産の内容が大きく変わったときは、遺言書を作り直すか、「その他一切の財産は○○に相続させる」といった包括的な条項を入れておくことで対応します。

Q. 遺言書は何歳から作れますか

民法961条により、15歳に達した者は遺言をすることができます。また民法962条により、制限行為能力に関する民法5条・9条・13条・17条の規定は遺言には適用されません。ただし民法963条により、遺言者は遺言をする時において遺言能力を有していなければなりません。

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まとめ

民法975条は「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない」と定めており、夫婦が1通の証書にまとめて作成した遺言は無効です。一方の記載だけを有効な単独遺言として救うこともできず、最判昭和56年9月11日は、一方に氏名を自書しない方式の違背があるときでも共同遺言に当たると判示しています。無効になれば遺言がなかったのと同じ状態に戻り、相続人全員の遺産分割協議が必要になります。

禁止の趣旨は、遺言の撤回の自由(民法1022条・1026条)を確保すること、遺言者の真意が他方の影響を受けていないかを確認できるようにすること、一方が無効・撤回された場合の処理の複雑化を避けることにあります。この趣旨から、内容が独立している単純型であっても禁止の対象となり、自筆証書・公正証書・秘密証書のいずれの方式でも、また民法982条により特別の方式による遺言でも同様に適用されます。

夫婦の希望を実現する方法は明確です。内容を対応させた単独遺言を2通、それぞれが別の証書として作成することです。あわせて、相手が先に亡くなった場合に備える予備的条項を必ず設けてください。最判平成23年2月22日は、「相続させる」旨の遺言により相続するものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合、特段の事情のない限りその効力を生じないと判示しており、この点を放置すると遺言の中心部分が空振りになります。

費用面では、法務局の自筆証書遺言書保管制度の保管申請手数料は1件3,900円で、遺言者本人が遺言書保管所に自ら出頭する必要があります(保管法4条6項)。公正証書遺言については、2025年10月1日から公証人手数料令が改正され、遺言公正証書は目的の価額が1億円以下の場合に手数料額へ1万3,000円が加算されます。いずれも1通ごとの手続・費用となるため、夫婦で作成する場合は2通分を見込んでご準備ください。相続税など税務に関する事項は、必ず税理士にご確認ください。

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