公共工事や物品調達の入札で、落札業者が事前に決まっているとしか思えない結果が続く。同じ顔ぶれが順番に落札し、落札率だけが不自然に高い水準で張り付いている。発注機関の職員が特定の業者に予定価格をほのめかしているらしい――。こうした状況に接したとき、「刑事告発できないか」と考える方は少なくありません。
ただし、入札談合の告発は、他の犯罪類型と比べて構造が特殊です。入札談合を処罰する条文は刑法・独占禁止法・官製談合防止法の3つに分かれており、しかもそのうち独占禁止法違反の罪には「公正取引委員会の告発を待って、これを論ずる」という専属告発制度(独占禁止法96条1項)が設けられています。つまり、私人がどれだけ精緻な告発状を書いても、独占禁止法違反という罪名だけでは検察官は公訴を提起できません。この構造を理解しないまま書面を作ると、労力をかけた告発が入口で行き場を失うことになります。
本記事では、入札談合をめぐる刑事責任の全体像を、条文と一次情報に基づいて実務目線で整理します。刑法96条の6(公契約関係競売等妨害)の構成要件、独占禁止法の専属告発制度の意味、官製談合防止法8条の位置づけ、公正取引委員会への申告(独占禁止法45条)という別ルート、証拠の集め方、告発状に記載すべき事項、公訴時効までを順に解説します。
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目次
入札談合はどの法律で処罰されるのか──3つの法律の全体像
「入札談合」という一つの事実に対して、日本の法制度は複数の角度から責任を問う仕組みを用意しています。告発を検討する際は、まずどの法律のどの条文を使うのかを決めなければなりません。罪名が違えば、法定刑も、公訴時効も、そして誰が告発できるのかも変わってくるからです。
刑法96条の6──入札の公正そのものを守る規定
刑法第2編第5章「公務の執行を妨害する罪」の末尾に置かれているのが、96条の6(公契約関係競売等妨害)です。同条1項は「偽計又は威力を用いて、公の競売又は入札で契約を締結するためのものの公正を害すべき行為をした者」を、2項は「公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で、談合した者」を処罰します。法定刑はいずれも3年以下の拘禁刑若しくは250万円以下の罰金で、併科することもできます。
この条文が守っているのは「国や地方公共団体が行う入札という手続の公正さ」そのものです。市場における競争秩序を守る独占禁止法とは、保護しようとしている対象が異なります。なお、同条は平成23年法律第74号による刑法改正で強制執行妨害関係の規定が整理された際に条番号が改められ、現在の96条の6という位置に置かれています。
独占禁止法──「不当な取引制限」としての入札談合
独占禁止法3条は「事業者は、私的独占又は不当な取引制限をしてはならない」と定めています。ここでいう「不当な取引制限」は同法2条6項に定義があり、事業者が他の事業者と共同して対価を決定・維持・引上げし、又は数量・技術・製品・設備・取引の相手方を制限するなど相互にその事業活動を拘束・遂行することにより、公共の利益に反して一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいいます。入札における受注予定者の事前調整は、この典型例です。
3条違反には刑事罰があり、独占禁止法89条1項1号により5年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金が定められています。同条2項は未遂罪も処罰の対象としています。さらに95条1項1号の両罰規定により、法人には5億円以下の罰金が科されます。刑法96条の6と比べると、法定刑は格段に重くなっています。
官製談合防止法8条──発注側職員を処罰する規定
正式名称を「入札談合等関与行為の排除及び防止並びに職員による入札等の公正を害すべき行為の処罰に関する法律」(平成14年法律第101号)といい、平成14年7月31日に公布、平成15年1月6日に施行されました。当初は発注機関に対する改善措置要求などの行政的な仕組みが中心でしたが、平成18年の改正で罰則規定である8条が新設され、平成19年3月14日から施行されています。
同法8条は、職員が、その所属する国等が入札等により行う契約の締結に関し、その職務に反して、事業者その他の者に談合を唆すこと、予定価格その他の入札等に関する秘密を教示すること、その他の方法により当該入札等の公正を害すべき行為を行ったときに、5年以下の拘禁刑又は250万円以下の罰金を科すものです。処罰の対象は「職員」、すなわち発注する側の人間です。
3つの法律の使い分け
整理すると、告発を検討する場面での使い分けは次のようになります。
- 受注側の事業者の行為を問題にする――刑法96条の6第2項(談合)、独占禁止法89条1項1号(3条違反)
- 偽計・威力による入札妨害を問題にする――刑法96条の6第1項
- 発注機関の職員の関与を問題にする――官製談合防止法8条、場合により刑法197条(収賄)や247条(背任)
そして後述するとおり、このうち独占禁止法89条の罪だけは、私人が告発しても検察官が起訴できないという決定的な違いがあります。
刑法96条の6(公契約関係競売等妨害)の構成要件と法定刑
私人が警察署長宛てに告発状を提出する場合、実務上の主軸となるのが刑法96条の6です。構成要件を丁寧に押さえておきましょう。
1項──偽計又は威力による公正を害すべき行為
1項の要件は、①偽計又は威力を用いること、②「公の競売又は入札で契約を締結するためのもの」であること、③その公正を害すべき行為をしたこと、の3点です。
「偽計」とは、人を欺き、あるいは錯誤・不知を利用する行為をいいます。発注側が予定価格に関する情報を特定の業者に内々に伝えるといった行為は、この類型で問題となり得ます。「威力」とは、人の意思を制圧するに足りる勢力を用いることをいい、入札への参加を断念させるための脅迫的な働きかけなどが典型です。
③の「公正を害すべき行為」は、現実に公正が害された結果までは必要とされず、公正を害するおそれのある行為があれば足りると解されています。落札に至らなかった、あるいは結果的に価格が下がったといった事情があっても、それだけで犯罪の成立が否定されるわけではありません。
2項──談合
2項は、「公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で、談合した者」を1項と同様に処罰します。1項と異なり、偽計や威力を用いることは要件ではありませんが、代わりに目的が要件として加わっています。この点が、告発状を書くうえで最も注意を要する部分です。
「公正な価格」の意義については、当該入札において公正な自由競争によって形成されたであろう落札価格を意味すると解するのが判例の立場として定着しています。市場における客観的・絶対的な適正価格を指すものではない、という点が重要です。したがって、「落札価格が高すぎるから公正な価格を害している」と主張するだけでは足りず、「自由に競争していればもっと低い価格で落札されていたはずの入札において、事前調整によってその形成が妨げられた」という構造を示す必要があります。
「不正な利益を得る目的」については、談合によって得られる利益が社交儀礼的な範囲を超える性質のものであることが問題となります。受注予定者から他の参加者に支払われる金銭、次回入札での受注の約束、下請としての参入の約束といった対価関係が具体的に描ければ、この要件の主張は組み立てやすくなります。
「公の競売又は入札」の範囲
1項・2項が対象とするのは「公の競売又は入札で契約を締結するためのもの」です。国、地方公共団体、その他の公的機関が契約の相手方を選定するために行う競売・入札がこれにあたります。純粋な民間企業同士の入札は、この条文の対象外です。民間発注の工事で不正な受注調整が行われた場合には、独占禁止法の不当な取引制限や、事案によっては偽計業務妨害罪の告訴状の書き方|威力業務妨害との違い・記載例を解説で扱った偽計業務妨害罪の枠組みを検討することになります。
独占禁止法違反としての入札談合と「専属告発」の壁
入札談合を「独占禁止法違反」として刑事告発できないか、という相談は非常に多く寄せられます。しかし、ここには制度上の明確な壁があります。
独占禁止法96条1項が定める専属告発
独占禁止法96条1項は、「第八十九条から第九十一条までの罪は、公正取引委員会の告発を待つて、これを論ずる」と定めています。これがいわゆる専属告発です。同条2項により、この告発は文書で行われ、4項により、公訴の提起があった後は取り消すことができないとされています。
「告発を待って、これを論ずる」とは、公正取引委員会の告発が訴訟条件になっているという意味です。公正取引委員会の告発がない限り、検察官は独占禁止法89条違反で起訴することができません。私人が警察署に「独占禁止法89条1項1号違反」として告発状を提出しても、その罪名で公訴が提起されることはないのです。
公正取引委員会から検事総長への告発
では公正取引委員会はどのように告発するのか。独占禁止法74条1項は、公正取引委員会が同法第12章に規定する手続(犯則調査手続)による調査により犯則の心証を得たときは、検事総長に告発しなければならないと定めています。2項は、それ以外の場合でも同法の規定に違反する犯罪があると思料するときは検事総長に告発しなければならないとしています。さらに3項では、告発に係る事件について公訴を提起しない処分がされたときは、検事総長が法務大臣を経由して内閣総理大臣に報告しなければならないとされており、不起訴に対する説明責任の仕組みが置かれています。
公正取引委員会の告発方針
公正取引委員会は「独占禁止法違反に対する刑事告発及び犯則事件の調査に関する公正取引委員会の方針」(平成17年10月7日策定、平成21年10月23日及び令和2年12月16日改定)を公表しています。そこでは、告発の対象として次の2類型が挙げられています。
- 一定の取引分野における競争を実質的に制限する価格カルテル、供給量制限カルテル、市場分割協定、入札談合、共同ボイコット、私的独占その他の違反行為であって、国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な事案
- 違反を反復して行っている事業者・業界、排除措置に従わない事業者等に係る違反行為のうち、行政処分によっては独占禁止法の目的が達成できないと考えられる事案
同方針は同時に、調査開始日前に単独で最初に課徴金の免除に係る事実の報告及び資料の提出を行った事業者(一定の除外事由に該当する場合を除く)等については告発を行わないことも明記しています。課徴金減免制度と刑事告発の運用が連動している点は、実務上きわめて重要です。
刑事告発は「例外的」であるという現実
統計を見ると、この構造がより明確になります。公正取引委員会が公表した令和7年度における独占禁止法違反事件の処理状況(令和8年6月8日公表)によれば、同年度の法的措置は排除措置命令11件(延べ26名の事業者)及び確約計画の認定4件で、このうち排除措置命令11件の行為類型別の内訳は価格カルテル7件、入札談合2件、不公正な取引方法2件でした。課徴金納付命令は延べ36名の事業者に対し総額95億5373万円、課徴金減免制度に基づく報告等は182件に上ります。
他方、令和7年版犯罪白書は、令和6年度において公正取引委員会による独占禁止法違反の告発はなかったと記載しています。行政処分は相当数行われている一方で、刑事告発は極めて限定的に運用されているということです。
この現実を踏まえると、私人が入札談合を刑事事件として立件させたい場合、専属告発の対象外である刑法96条の6や官製談合防止法8条を軸に警察へ告発するという組み立てが、実務的には現実的な選択肢になります。刑法96条の6も官製談合防止法8条も、独占禁止法96条1項が列挙する「89条から91条まで」には含まれておらず、専属告発の制約を受けません。
官製談合──発注機関の職員が関与している場合
談合の背景に発注機関側の関与がある場合、官製談合防止法が用意している仕組みを理解しておく必要があります。
「入札談合等関与行為」の4類型
官製談合防止法2条5項は、職員が入札談合等に関与する行為として、次の4類型を定義しています。
- 事業者又は事業者団体に入札談合等を行わせること
- 契約の相手方となるべき者をあらかじめ指名することその他特定の者を契約の相手方となるべき者として希望する旨の意向をあらかじめ教示し、又は示唆すること
- 入札又は契約に関する情報のうち、特定の事業者等が知ることにより入札談合等を行うことが容易となる情報であって秘密として管理されているものを、特定の者に対して教示し、又は示唆すること
- 特定の入札談合等に関し、事業者等の明示若しくは黙示の依頼を受け、又は自ら働きかけ、かつ、当該入札談合等を容易にする目的で、職務に反し、入札に参加する者として特定の者を指名し、又はその他の方法により入札談合等を幇助すること
なお同条4項は「入札談合等」を、国等が入札等により行う契約の締結に関し、入札参加事業者が他の事業者と共同して落札すべき者若しくは落札すべき価格を決定するなどして、独占禁止法3条又は8条1号の規定に違反する行為と定義しています。
改善措置要求と損害賠償請求
同法3条1項は、公正取引委員会が調査の結果、入札談合等関与行為があると認めるときは、各省各庁の長等に対し、改善措置を講ずべきことを求めることができると定めています。求めを受けた各省各庁の長等は、必要な調査を行い、必要と認める改善措置を講じなければならず(4項)、調査結果と改善措置の内容を公表するとともに公正取引委員会に通知しなければなりません(6項)。
さらに4条では、各省各庁の長等が、入札談合等関与行為による国等の損害の有無について必要な調査を行い(1項)、損害が生じたと認めるときは職員の賠償責任の有無及び賠償額についても調査を行い(2項)、調査の結果、職員が故意又は重大な過失により国等に損害を与えたと認めるときは、当該職員に対し速やかにその賠償を求めなければならない(5項)とされています。
発注機関に課された通知義務
公共工事については、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律(平成12年法律第127号、いわゆる入契法)が、発注者側に通知義務を課しています。
入契法10条は、各省各庁の長等は、国等が発注する公共工事の入札及び契約に関し、独占禁止法3条又は8条1号の規定に違反する行為があると疑うに足りる事実があるときは、公正取引委員会に対しその事実を通知しなければならないと定めています。「疑うに足りる事実」で足り、確証までは求められていません。
また11条は、受注者である建設業者に建設業法28条1項3号等に該当すると疑うに足りる事実があるときは、当該建設業者の許可行政庁である国土交通大臣又は都道府県知事、及び営業が行われる区域を管轄する都道府県知事に対して通知しなければならないと定めています。
したがって、談合情報を発注機関に伝えた場合、発注機関には制度上「動かなければならない」場面が存在します。刑事告発と並行して、発注機関への情報提供を検討する意味はここにあります。
職員個人に成立しうるその他の犯罪
職員の関与態様によっては、官製談合防止法8条のほかに、刑法上の犯罪が成立する余地があります。職務に関して賄賂を収受等した場合の収賄罪(刑法197条1項。5年以下の拘禁刑、請託を受けたときは7年以下の拘禁刑)、任務に背く行為により本人に財産上の損害を加えた場合の背任罪(刑法247条。5年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)などです。金銭授受が絡む事案については、贈収賄罪の告発状|公務員の職務に関する不正な金銭授受への対応もあわせてご確認ください。
刑事訴訟法から見た「告発」の基本ルールと公訴時効
ここで、告発という手続そのものの基本を確認しておきます。
誰が告発できるか
刑事訴訟法239条1項は「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる」と定めています。犯罪の被害者に限られる告訴とは異なり、告発は第三者でも行うことができます。入札から排除された同業者、発注機関の元職員、業界関係者、住民など、立場を問いません。この違いについては告訴と告発の違いとは?誰が・どんな場合に提出できるかを解説で詳しく整理しています。
さらに同条2項は「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない」として、公務員に告発義務を課しています。発注機関の職員が職務上談合を認識した場合、この規定が適用される余地があります。
どこに、どのような形式で出すか
刑事訴訟法241条1項は「告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない」と定めています。条文上は口頭でも可能ですが、入札談合のように構成要件の充足を丁寧に示す必要がある事案では、書面で提出するのが実務上の原則です。
そして、行政書士が作成できるのは警察署長(司法警察員)宛ての告発状です。検察庁に提出する書類の作成は司法書士の業務範囲に属します。この点は、書面の宛先を決める段階で必ず確認してください。提出先の考え方については告訴状の提出先はどこ?警察署と検察庁の違い・管轄・提出方法を解説が参考になります。
なお同法242条は「司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない」と定めています。告発が受理されれば、書類は検察官へ送付される仕組みになっています。
告発に期間制限はないが、公訴時効はある
親告罪の告訴には6か月の期間制限がありますが、告発そのものには法律上の期間制限がありません。もっとも、公訴時効が完成してしまえば、告発しても起訴には至りません。
刑事訴訟法250条2項は、人を死亡させた罪であって拘禁刑以上の刑に当たるもの以外の罪について、法定刑の長期に応じた時効期間を定めています。入札談合に関係する罪について当てはめると次のようになります。
- 刑法96条の6(3年以下の拘禁刑)――「長期五年未満の拘禁刑又は罰金に当たる罪」(250条2項6号)に該当し、公訴時効は3年
- 独占禁止法89条1項(5年以下の拘禁刑)――「長期十年未満の拘禁刑に当たる罪」(250条2項5号)に該当し、公訴時効は5年
- 官製談合防止法8条(5年以下の拘禁刑)――同じく250条2項5号に該当し、公訴時効は5年
時効の起算点は、刑事訴訟法253条1項により「犯罪行為が終つた時」です。共犯の場合は、同条2項により最終の行為が終わった時から、すべての共犯に対して時効期間を起算します。
ここで注意したいのは、刑法96条の6の時効が3年と短いことです。談合が発覚するのは、通常、当該入札から相当の時間が経過した後です。「疑わしい」と感じた段階で情報を保全し、動き出す時期を早めることが決定的に重要になります。
公正取引委員会への申告(独占禁止法45条)という別ルート
刑事告発とは別に、独占禁止法は誰でも利用できる申告制度を用意しています。専属告発の壁がある以上、この制度の活用は避けて通れません。
45条の構造
独占禁止法45条1項は「何人も、この法律の規定に違反する事実があると思料するときは、公正取引委員会に対し、その事実を報告し、適当な措置をとるべきことを求めることができる」と定めています。2項は、報告があったときは公正取引委員会は事件について必要な調査をしなければならないとしています。
実務上とりわけ重要なのが3項です。1項の報告が、公正取引委員会規則で定めるところにより書面で具体的な事実を摘示してされた場合において、当該報告に係る事件について適当な措置をとり、又は措置をとらないこととしたときは、公正取引委員会は速やかにその旨を報告者に通知しなければならないとされています。逆に言えば、匿名の電話や抽象的な情報提供では、この通知を受ける地位は得られません。
なお4項は、公正取引委員会が違反事実等があると思料するときは職権をもって適当な措置をとることができると定めており、申告がなくとも調査は可能です。
申告の実務
公正取引委員会は、独占禁止法違反被疑事実についての申告窓口として、インターネットによる申告フォーム、書面、来訪等の受付方法を案内しています。同委員会の案内によれば、申告は違反行為の被害者に限らず、一般消費者を含め違反行為を発見した人であれば誰でも行うことができます。
申告書面には、報告者の氏名・住所・連絡先、違反行為者の名称・代表者名・所在地、そして違反事実の具体的内容(日時、場所、行為の主体、共同した者、行為の内容と方法、該当すると考える法条など)を記載することが求められています。同委員会は秘密を守るとしたうえで、できるだけ匿名は避けてほしいと案内しています。45条3項による通知を受けるためにも、記名の書面申告が望ましいといえます。
刑事告発と申告の使い分け
両者は排他的な関係にはありません。実務的な整理は次のとおりです。
- 公正取引委員会への申告――独占禁止法違反としての調査・排除措置命令・課徴金納付命令を求めるルート。専属告発を経た刑事事件化の端緒にもなる。
- 警察署長宛ての告発――刑法96条の6や官製談合防止法8条について、捜査機関の捜査を求めるルート。専属告発の制約を受けない。
- 発注機関への情報提供――入契法10条・11条の通知義務や、指名停止・違約金といった契約上の措置につながるルート。
どのルートを選ぶかは、手元にある証拠の性質と、最終的に何を実現したいのかによって決まります。行政処分による違反状態の解消を重視するのか、職員個人の刑事責任の追及を重視するのかで、書面の作り方は変わってきます。
談合を裏付ける証拠の集め方と整理の視点
入札談合の告発が難しいのは、合意そのものが密室で行われ、直接証拠が乏しいことにあります。しかし、入札という手続は記録が残る手続でもあります。証拠を「入手経路が適法なもの」に限りつつ、いかに構造を描き出すかが勝負になります。
入札結果情報から読み取れるもの
公共工事の入札結果は、多くの発注機関が公表しています。ここから読み取れる典型的な指標には次のようなものがあります。
- 落札率の分布――予定価格に対する落札価格の比率が、複数の案件で不自然に高い水準に集中していないか
- 受注の輪番性――特定の業者群の間で、受注が順番に配分されているように見える傾向がないか
- 応札額の並び方――落札者以外の応札額が、落札額のすぐ上に不自然に整然と並んでいないか
- 参加者の顔ぶれ――同一の業者群が同じ組合せで繰り返し参加し、辞退のタイミングが規則的でないか
- 地理的・技術的な合理性の欠如――距離や施工能力から見て合理性の説明がつかない受注配分がないか
これらは単独では談合の証明になりませんが、複数の指標が同じ方向を指しているとき、後述する内部資料の意味づけが格段に明確になります。
内部文書・通信記録
受注調整が行われている場合、実務上は何らかの管理が必要になるため、記録が残ることが少なくありません。受注予定者の割付けを示す一覧、各社の受注実績の管理表、業界団体の会合の議事メモ、参加者の手帳やスケジュール、電子メールやチャットのやり取り、通話記録などが典型です。
ここで決定的に重要なのが、入手経路の適法性です。自らが正当に保有している資料、業務上正当に受領した資料、公表されている情報などは問題ありませんが、不正アクセスや窃取によって取得した資料は、それ自体が別の犯罪を構成しかねません。告発する側が刑事責任を問われては本末転倒です。「どのような立場で、いつ、どのように入手したのか」を、資料ごとに説明できる状態にしておいてください。証拠の整理方法は告訴状に必要な証拠の集め方|犯罪類型別の証拠一覧と収集のポイントもあわせてご覧ください。
情報公開請求の活用
手元に内部資料がない場合でも、行政機関情報公開法や各自治体の情報公開条例に基づく開示請求により、入札関係の文書を取得できる可能性があります。入札結果調書、指名業者選定に関する文書、予定価格の決裁関係書類、開札調書などが対象となり得ます。個人情報や法人の正当な利益を害する情報は不開示となることがありますが、開示された文書は入手経路が明確で、公文書としての信用性が高いという大きな利点があります。
証拠を「構成要件」に対応づける
集めた資料は、そのまま束ねても意味を持ちません。刑法96条の6第2項で告発するなら、①談合行為の存在、②公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的、③対象が公の入札であること、という要件のどれを、どの資料で示すのかを対応づけて整理します。この対応づけができているかどうかが、書面の説得力を大きく左右します。
告発状に記載すべき事項と組み立て方
告発状には法定の書式がありませんが、捜査機関が受理を判断できる程度に事実が特定されていることが必要です。入札談合の告発状では、次の事項を組み立てていくことになります。
宛先と当事者の表示
宛先は、行政書士が作成に関与する場合は警察署長(司法警察員)宛てとします。管轄は、犯罪地または被告発人の住所地等を基準に検討します。入札談合の場合、談合の合意がされた場所、入札が行われた場所、発注機関の所在地などが手掛かりになります。
告発人については氏名・住所・連絡先を記載します。被告発人については、判明している範囲で法人名・代表者名・所在地、個人の氏名・住所を記載します。被告発人が完全に特定できていなくても告発は可能ですが、特定の程度が低いほど捜査の負担は大きくなるため、判明している事実は具体的に書き出します。
告発の趣旨(罪名と罰条)
どの罪について処罰を求めるのかを明示します。前述のとおり、独占禁止法89条を単独の罪名として掲げても専属告発の壁があるため、警察署長宛ての告発状では刑法96条の6、発注機関職員の関与があれば官製談合防止法8条を主軸に据えるのが実務的です。刑法96条の6については、1項(偽計・威力型)か2項(談合型)か、あるいは双方かを、把握している事実に即して選択します。
告発の事実(罪となるべき事実)
ここが告発状の中心です。次の要素を、時系列に沿って具体的に記述します。
- 対象となる入札の特定――発注機関名、工事名・件名、入札公告日、開札日、予定価格、落札者、落札金額
- 談合の合意の形成過程――いつ、どこで、誰と誰が、どのような方法で協議したのか
- 合意の内容――誰を受注予定者とし、他の参加者はどのような金額で応札することとしたのか
- 合意の実行――実際の応札状況が合意の内容と一致していること
- 目的の裏付け――自由競争であれば形成されたであろう価格の形成が妨げられたこと、あるいは受注予定者から他の参加者へ何らかの利益供与があったこと
とりわけ2項で告発する場合、「公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的」を裏付ける事実を落とさないことが重要です。単に「事前に話し合いがあった」というだけでは、この目的要件の主張として不十分になりかねません。
証拠方法
添付する資料を一覧化し、各資料が上記のどの事実を裏付けるのかを対応づけて記載します。開示請求で取得した公文書、入札結果の公表資料、内部資料、通信記録などについて、標目・作成者・作成日・入手経路を明らかにします。
受理されやすい書面にするために
告発が受理されない典型的な理由は、事実が抽象的であること、構成要件との対応が示されていないこと、証拠の裏付けが乏しいことです。入札談合の場合は、これに加えて「独占禁止法違反として書かれているために、警察が扱う枠組みになっていない」という問題が起きがちです。告訴状が受理されない5つの理由と対策|警察に受理させるコツで挙げた一般的な留意点に加え、罪名の選択そのものを最初に検討してください。
告発後に何が起きるか──刑事・行政・民事の連動とリスク管理
告発は、それ単独で完結する手続ではありません。刑事手続の進行と並行して、行政上・民事上の効果が動き出します。
刑事手続の流れ
告発が受理されると捜査が開始され、刑事訴訟法242条により、司法警察員は書類及び証拠物を検察官に送付します。その後の流れは告訴状の提出から捜査開始までの流れ|告訴後に何が起こるかで整理しているとおりです。捜査の進め方や処分の判断は捜査機関・検察官の権限に属し、告発人がこれを左右することはできません。
行政上の措置
建設業者が談合に関与した場合、建設業法28条1項3号は、建設業者(法人であるときは当該法人又はその役員等)等がその業務に関し他の法令に違反し、建設業者として不適当であると認められるときに、許可行政庁が必要な指示をすることができると定めています。さらに同条3項により、1年以内の期間を定めて営業の全部又は一部の停止を命ずることもできます。監督処分の全体像は建設業法違反の監督処分|指示・営業停止・許可取消の対象行為と実務上の対策を解説で解説しています。
また、発注機関は談合を行った業者に対し、一定期間指名しないという指名停止措置を行います。国土交通省は、平成15年に、同省が発注する工事及び建設コンサルタント業務等の契約について、請負代金額等の10分の1に相当する額を違約金として支払わせる違約金条項を制定し、同年6月1日以降に入札手続を開始する契約に適用することとしました(会計検査院の報告による)。もっとも違約金の率や適用条件は発注機関や時期によって異なるため、実際の契約書と特約条項の内容を確認する必要があります。指名停止は入札参加資格そのものに影響しますので、建設業の入札参加資格審査の手続き|申請方法と等級格付けの仕組みを解説や経営事項審査(経審)とは?公共工事の入札に必要な手続きもあわせてご確認ください。
民事上の責任
独占禁止法25条1項は、3条等の規定に違反する行為をした事業者は被害者に対し損害賠償の責めに任ずると定め、同条2項は、事業者は故意又は過失がなかったことを証明しても責任を免れることができないとしています。いわゆる無過失損害賠償責任です。ただし26条1項により、この請求権は排除措置命令(排除措置命令がされなかった場合は課徴金納付命令)が確定した後でなければ裁判上主張することができず、同条2項により、確定した日から3年を経過したときは時効によって消滅します。
また、地方公共団体の契約に関しては、地方自治法242条1項の住民監査請求という制度があります。同条2項により、当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときは請求できないのが原則です(正当な理由があるときを除く)。これらの民事上・行政上の争訟に関する具体的な対応は弁護士の業務範囲に属します。
告発する側が負うリスク
刑法172条は「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、三月以上十年以下の拘禁刑に処する」と定めています。虚偽告訴等罪は下限が3か月と定められた重い罪です。憶測や伝聞のみで事実を断定的に書くことは、極めて危険です。事実として書けるのは「確認できたこと」に限り、推測は推測として区別して記載しなければなりません。
公益通報者保護法による保護
組織内部から通報する場合、公益通報者保護法による保護の対象となり得ます。現行法11条1項・2項は、事業者に対して公益通報対応業務従事者の定め及び内部公益通報対応体制の整備等を求めています。
また、同法は令和7年法律第62号により改正され、令和7年6月11日に公布、令和8年(2026年)12月1日に施行されます。改正では、通報者を特定しようとする行為の禁止、公益通報を理由とする解雇・懲戒に対する刑事罰の導入、一定期間内の解雇等について通報を理由とするものと推定する規定などが盛り込まれています。組織内部から通報・告発を検討する場合は、施行日と自らの立場を踏まえて慎重に判断する必要があります。
談合から抜ける側に用意された制度
逆の立場、すなわち談合に関与してしまった事業者が離脱を考える場合には、課徴金減免制度(リーニエンシー)があります。独占禁止法7条の4第1項により、調査開始日前に単独で最初に事実の報告及び資料の提出を行った事業者は、課徴金の納付を命じられません。同条2項により、調査開始日前の2番目の申請者は20%、3番目は10%、4番目・5番目は10%、6番目以降は5%の減額を受けます。同条3項により、調査開始日以後の申請者についても、要件を満たせば10%又は5%の減額があります。
さらに7条の5第1項は、調査協力の程度に応じた減算を定めており、その上限割合は、調査開始日前に報告等を行った事業者について40%以下、調査開始日以後に報告等を行った事業者について20%以下とされています。前述の公正取引委員会の告発方針が、調査開始日前に単独で最初に減免申請を行った事業者等を告発しないとしている点とあわせ、離脱の判断には時間的な要素が強く働きます。
入札談合の告発に関するよくあるご質問
Q. 落札率が高いというだけで告発できますか
落札率の高さは有力な状況証拠になり得ますが、それ単独で刑法96条の6の構成要件を充たす事実にはなりません。談合行為そのものの存在を示す資料、あるいは受注配分の規則性を示す複数期間のデータなど、合意の存在を推認させる材料と組み合わせる必要があります。
Q. 匿名で告発できますか
告発状は告発人を明らかにして提出するのが原則です。匿名の情報提供は制度上あり得ますが、独占禁止法45条3項による通知を受けられないほか、捜査機関側でも事実確認の手掛かりが乏しくなるため、扱いが軽くなりがちです。立場上の不安がある場合は、記名の申告・告発を前提としつつ、公益通報者保護法による保護の枠組みを確認したうえで判断してください。
Q. 独占禁止法違反と刑法96条の6の両方を書いてもよいですか
事実として両方に該当し得ることを記載すること自体は差し支えありません。ただし、独占禁止法89条については専属告発が訴訟条件であることを踏まえ、警察署長宛ての告発状では刑法96条の6や官製談合防止法8条を主軸に構成するのが実務的です。独占禁止法違反としての追及は、公正取引委員会への申告という別ルートで並行して行うことが考えられます。
Q. 何年前の談合まで告発できますか
刑法96条の6の公訴時効は3年、独占禁止法89条1項と官製談合防止法8条の公訴時効は5年です(刑事訴訟法250条2項5号・6号)。起算点は犯罪行為が終わった時(同法253条1項)で、共犯の場合は最終の行為が終わった時からすべての共犯について起算されます。継続的な受注調整が行われている事案では、どの時点をもって行為の終了とみるかが問題になり得ます。
Q. 発注機関に情報提供すれば足りますか
発注機関には入契法10条により公正取引委員会への通知義務があり、11条により建設業許可行政庁への通知義務もあります。ただし、これらは行政上の措置につながるルートであり、刑事責任の追及とは別の流れです。目的に応じて、告発・申告・情報提供を組み合わせて検討することになります。
Q. 民間発注の工事でも刑法96条の6で告発できますか
刑法96条の6が対象とするのは「公の競売又は入札」です。純粋な民間発注の入札はこの条文の対象外となります。民間発注案件については、独占禁止法上の不当な取引制限に該当しないか、あるいは事案の態様によって偽計業務妨害罪など別の構成が検討できないかを個別に見ていくことになります。
告訴状・告発状の作成でお困りの方へ。行政書士法人Treeでは、警察署(司法警察員)に提出する告訴状・告発状について、事実関係と証拠を整理した書面の作成を承ります。書類作成に関するご相談は何度でも無料です。
まとめ
入札談合の告発で最初に決めるべきは罪名の選択です。受注側の事業者を対象とする刑法96条の6(公契約関係競売等妨害。1項・2項ともに3年以下の拘禁刑若しくは250万円以下の罰金)、発注側職員を対象とする官製談合防止法8条(5年以下の拘禁刑又は250万円以下の罰金)、そして独占禁止法89条1項1号(5年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金、法人は95条1項1号により5億円以下の罰金)という3つの選択肢があり、それぞれ守っている利益も要件も異なります。
最大の分岐点が専属告発です。独占禁止法96条1項により、89条から91条までの罪は公正取引委員会の告発を待って論じられます。私人が独占禁止法違反という罪名だけで告発しても起訴には結び付きません。これに対して刑法96条の6と官製談合防止法8条は専属告発の対象外であり、刑事訴訟法239条1項に基づき何人でも告発することができます。警察署長宛ての告発状は、この2つを主軸に組み立てるのが実務的です。
公正取引委員会への申告は、これと並行して機能する別ルートです。独占禁止法45条1項により何人も申告でき、2項により公正取引委員会には調査義務が生じます。記名で具体的な事実を摘示した書面で申告すれば、3項により措置の有無について通知を受ける地位が得られます。行政処分による違反状態の解消を重視するのであれば、この制度の活用が現実的です。
時間との勝負である点も忘れてはなりません。刑法96条の6の公訴時効は3年と短く(刑事訴訟法250条2項6号)、起算点は犯罪行為が終わった時です(同法253条1項)。入札結果の公表資料、情報公開請求で取得できる公文書、手元の内部資料を早期に保全し、構成要件のどれをどの資料で示すのかを対応づけて整理しておくことが、書面の説得力を決めます。同時に、虚偽の告発は刑法172条の虚偽告訴等罪(3月以上10年以下の拘禁刑)に問われ得ますので、確認できた事実と推測は厳密に区別しなければなりません。
行政書士法人Treeでは、警察署長(司法警察員)宛ての告発状・告訴状について、事実関係と証拠を整理した書面の作成を承っています。対象となる入札の特定、談合の合意の形成過程と実行の記述、刑法96条の6の構成要件との対応づけ、証拠方法の一覧化といった書面作成の実務をお手伝いします。書類作成に関するご相談は何度でも無料です。
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