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船舶遭難者遺言・伝染病隔離者遺言とは?特別方式遺言4類型を整理

更新: 約27分で読めます

遺言といえば、自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言の3種類を思い浮かべる方が大半だと思います。しかし民法は、この「普通の方式」に加えて、命の危険が差し迫っていたり、外界から隔絶された場所にいたりして通常の方法では遺言ができない場面のために、要件を緩めた「特別の方式による遺言」を4つ用意しています。死亡の危急に迫った者の遺言(民法976条)、伝染病隔離者の遺言(同977条)、在船者の遺言(同978条)、船舶遭難者の遺言(同979条)の4類型です。

これらは滅多に使われませんが、いざというときに「そんな方法があったのか」と知らずに終わるのと、要件を正確に把握しているのとでは結果がまったく変わります。一方で、要件を1つでも外せば遺言は無効になり、しかも作成から一定期間内に家庭裁判所の手続を経なければ効力が生じない類型もあります。さらに2026年6月24日に公布された「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)によって、この特別方式遺言のルールは近く大きく変わります。

この記事では、特別方式遺言の4類型それぞれの条文上の要件を条番号レベルで整理したうえで、共通するルール、家庭裁判所の「確認」と「検認」の違い、そして2026年改正で何がどう変わるのかまでを、実務目線で解説します。

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特別方式遺言とは|普通方式遺言との違いと4類型の全体像

民法960条は「遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない」と定めています。方式を外れた遺言は、遺言者の意思がどれほど明確でも効力を持ちません。この厳格な方式主義を前提に、民法967条は次のように規定しています。

「遺言は、自筆証書、公正証書又は秘密証書によってしなければならない。ただし、特別の方式によることを許す場合は、この限りでない。」

本文が定める3方式が「普通の方式による遺言」、ただし書が受け皿となっているのが「特別の方式による遺言」です。つまり特別方式は、あくまで普通方式が使えない例外的な場面に限って認められる補充的な制度という位置づけになります。

なぜ要件を緩めた方式が用意されているのか

普通方式の3種類は、いずれも一定の手間と時間を前提にしています。自筆証書遺言は民法968条1項により全文・日付・氏名の自書と押印が必要で、意識が朦朧としている人や重傷を負った人には物理的に不可能です。公正証書遺言は民法969条により証人2人以上の立会いと公証人への口授が必要で、2025年10月1日施行の改正により作成手続は公証人法の定めるところによることとされましたが、いずれにせよ公証人の関与を得るには一定の準備期間がかかります。秘密証書遺言も民法970条1項3号により公証人1人と証人2人以上の前に封書を提出する必要があります。

つまり普通方式は、公証人にアクセスできること、あるいは自ら文字を書ける状態であることを前提としています。この前提が崩れる場面、すなわち死が目前に迫っている場面と、外界から物理的に隔絶されている場面のために用意されたのが特別方式です。要件を緩めるかわりに、後述する家庭裁判所の確認や6か月の失効ルールで濫用を抑える設計になっています。

4類型は「危急時遺言」と「隔絶地遺言」に大別できる

民法976条から979条までの4類型は、その趣旨から2つのグループに整理すると理解しやすくなります。

1つ目は危急時遺言と呼ばれるグループで、民法976条(死亡の危急に迫った者の遺言)と民法979条(船舶遭難者の遺言)が該当します。遺言者本人の生命が危機に瀕しており、証書を作成する時間的余裕がないことに着目した類型です。両者とも、後日、家庭裁判所の「確認」を得なければ効力が生じません。

2つ目は隔絶地遺言と呼ばれるグループで、民法977条(伝染病隔離者の遺言)と民法978条(在船者の遺言)が該当します。こちらは遺言者の生命が危機にあるかどうかを問わず、公証人などにアクセスできない場所に物理的に隔絶されていることに着目した類型です。家庭裁判所の確認は不要で、その代わりに遺言書という書面の作成が要求されます。

4類型の要件を一覧で比較する

類型(条文) 立会人・証人 方法 家裁の確認
死亡の危急に迫った者の遺言(976条) 証人3人以上 証人の1人に口授し、その者が筆記 必要(遺言の日から20日以内)
伝染病隔離者の遺言(977条) 警察官1人+証人1人以上 遺言書を作成 不要
在船者の遺言(978条) 船長または事務員1人+証人2人以上 遺言書を作成 不要
船舶遭難者の遺言(979条) 証人2人以上 口頭で遺言(後に証人が筆記) 必要(遅滞なく)

普通方式の3種類の違いについては、遺言書の種類と選び方|自筆証書・公正証書・秘密証書の違いで整理していますので、あわせてご確認ください。

一般危急時遺言(民法976条)|証人3人以上・20日以内の家裁確認

特別方式遺言のなかで実際に使われる可能性が最も高いのが、民法976条の「死亡の危急に迫った者の遺言」です。実務では一般危急時遺言、死亡危急時遺言などと呼ばれます。

条文が定める5つのステップ

民法976条1項は次のように定めています。「疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは、証人三人以上の立会いをもって、その一人に遺言の趣旨を口授して、これをすることができる。この場合においては、その口授を受けた者が、これを筆記して、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、又は閲覧させ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押さなければならない。」

この1項から、次の5つの手順が導かれます。

第一に、証人3人以上の立会いが必要です。3人「以上」なので4人でも構いませんが、3人を欠くと方式違背になります。第二に、遺言者が証人の1人に遺言の趣旨を口授します。第三に、口授を受けた証人がその内容を筆記します。第四に、筆記した者が遺言者と他の証人に読み聞かせるか閲覧させます。第五に、各証人が筆記の正確性を承認したうえで、署名し、押印します。

注意したいのは、「疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者」という要件です。病気に限らず、事故による重傷なども含まれますが、単に高齢であるとか入院しているというだけでは足りません。逆に、医師の余命宣告が必須というわけでもありません。客観的に死亡の危険が差し迫っていたことまでは要せず、遺言者本人が死亡の危急を自覚していれば足りるとする見解があり、同様の判断をした裁判例もありますが、最終的には個別の事情によって判断されます。

口がきけない者・耳が聞こえない者の特則

民法976条2項は、口がきけない者が危急時遺言をする場合について、遺言者が証人の前で遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述して、1項の口授に代えなければならないと定めています。

また同条3項は、1項後段の遺言者または他の証人が耳が聞こえない者である場合について、遺言の趣旨の口授または申述を受けた者が、筆記した内容を通訳人の通訳によりその遺言者または他の証人に伝えることで、読み聞かせに代えることができるとしています。

20日以内に家庭裁判所の確認を得なければ効力が生じない

危急時遺言の最大の特徴が、民法976条4項の定める家庭裁判所の確認です。「前三項の規定によりした遺言は、遺言の日から二十日以内に、証人の一人又は利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない。」

ここは実務上の落とし穴です。20日という期間は遺言の日を起算点とし、遺言者の死亡時ではありません。危急時遺言を作成したものの、看病や葬儀に追われて手続を失念し、気づいたときには期間が経過していた、という事態は十分に起こり得ます。

さらに同条5項は、「家庭裁判所は、前項の遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができない」と規定しています。単に形式を整えただけでは足りず、家庭裁判所が遺言者の真意を確認できるだけの資料が必要になるということです。

「口授」があったかどうかが争点になりやすい

危急時遺言をめぐる紛争でとりわけ多く問題になる争点が、「口授」があったといえるかどうかです。遺言者が衰弱している場面で作成されるため、証人が用意した案文を読み上げ、遺言者がうなずいたり「はい」と答えたりするにとどまるケースが少なくないからです。

この点について最高裁判所第三小法廷平成11年9月14日判決は、証人が草案を項目ごとに読み上げ、遺言者がその都度うなずきながら「はい」などと返答し、最後に証人から念を押されて了承する旨を述べたという事実関係のもとで、民法976条1項にいう遺言の趣旨の口授があったと認めています。もっともこれは当該事案の事実関係を前提とした判断であり、返答が曖昧であったり、証人の供述に変遷があったりする場合には口授が否定される余地があります。

遺言能力そのものが争われることも多く、この点は認知症の被相続人の遺言能力|民法第963条・公正証書遺言の優位性と遺言無効確認の調停(家庭裁判所)・訴訟(地方裁判所)で詳しく整理しています。

伝染病隔離者の遺言(民法977条)|警察官1人+証人1人以上

民法977条は、わずか一文の条文です。「伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所に在る者は、警察官一人及び証人一人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。」

要件は「交通を断たれた場所にいること」

この類型で必要なのは、警察官1人と証人1人以上、合計2人以上の立会いです。危急時遺言と異なり、遺言者が死亡の危急にある必要はありません。また口授ではなく「遺言書を作る」という書面方式である点も特徴です。

ポイントは「行政処分によって交通を断たれた場所に在る者」という部分です。自ら感染を恐れて外出を控えているという事情では足りず、公権力の行使としての行政処分により、その場所への出入りが遮断されていることが求められます。

現行法上の「交通遮断」にあたり得る措置

現在、感染症に関する行政上の措置は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)が定めています。同法33条は、都道府県知事が一類感染症のまん延を防止するため緊急の必要があると認める場合であって消毒により難いときに、政令で定める基準に従い、72時間以内の期間を定めて、患者がいる場所などの交通を制限し、または遮断することができると規定しています。

また同法32条1項は、一類感染症の病原体に汚染され、または汚染された疑いがある建物について、期間を定めてその建物への立入りを制限し、または禁止することができると定め、同条2項は、それでもまん延を防止できない緊急の場合に建物の封鎖その他必要な措置を講じ得るとしています。

ここでいう一類感染症は、感染症法6条2項でエボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱の7つが列挙されています。

なお同法34条は、これらの措置が「感染症の発生を予防し、又はそのまん延を防止するため必要な最小限度のものでなければならない」と定めています。交通の遮断は72時間以内という期間制限が付されていることからも分かるとおり、極めて例外的な措置として位置づけられています。民法977条が想定する場面は、現行法のもとではかなり限定的だということです。

条文の「伝染病」という語をどう読むか

民法977条は明治民法以来の条文で、「伝染病」という現在の法令用語ではない表現が残っています。感染症法の制定により旧来の伝染病予防法は廃止されましたが、民法977条の文言はその際に改められていません。

したがって、どのような措置が民法977条の「伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所」に該当するかは、条文の文言をそのまま機械的に当てはめるのではなく、普通方式の遺言をすることが行政処分によって現実に困難になっているかという趣旨から判断せざるを得ません。感染症をめぐる自粛要請や外出自粛の要請といった、法的な強制力を伴わない措置がこれに含まれるかについては、条文上明確な答えはありません。実際にこの方式を用いる場面では、当該措置の根拠法令と処分性を個別に確認する必要があります。

在船者の遺言(民法978条)|船長または事務員1人+証人2人以上

民法978条も一文の条文です。「船舶中に在る者は、船長又は事務員一人及び証人二人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。」

立会人は最低3人

必要なのは船長または事務員1人と、証人2人以上、合計3人以上の立会いです。伝染病隔離者の遺言と同じく、遺言者が死亡の危急に迫っている必要はなく、方法も「遺言書を作る」書面方式です。

「事務員」とは船舶の事務を担当する職員を指し、旅客船のパーサーなどが想定されます。船長または事務員という立会人が要求されているのは、船内における公的な地位にある者を関与させることで、遺言の真正を担保する趣旨と理解できます。

「船舶中に在る者」に船員以外も含まれる

民法978条は主体を「船舶中に在る者」とだけ定めており、船員に限る旨の限定はありません。したがって旅客であっても、船舶中にいる限りこの方式によることができます。同じ船に乗り合わせた者のうち、船長または事務員という職責を負う者に立会いを求める構造になっているのは、そのためです。

もっとも、条文には「航海中」という限定こそないものの、この類型が想定しているのは公証人などにアクセスできない隔絶状態です。港に停泊中で自由に上陸できる状況であれば、そもそも普通方式による遺言が可能ですから、特別方式を用いる必要性そのものが疑われることになります。実際にこの方式を用いる場面では、その時点で普通方式が本当に利用できない状況にあるのかを確認しておく必要があります。

船長の職務との関係

船員法は船長にさまざまな職務を課しています。同法15条は、船舶の航行中に船内にある者が死亡したときに、国土交通省令の定めるところにより水葬に付することができると定めています。同法16条は、船内にある者が死亡し、または行方不明となったときに、法令に特別の定めがある場合を除き、船内にある遺留品について保管その他の必要な処置をしなければならないとしています。さらに同法19条4号は、船内にある者が死亡し、または行方不明となったときの国土交通大臣への報告義務を定めています。

在船者の遺言書を作成後に誰が保管するかについて、民法や船員法に直接の定めはありません。遺言者が亡くなった後は、民法1004条1項により、遺言書の保管者(保管者がいない場合は遺言書を発見した相続人)が、後述する検認を家庭裁判所に請求することになります。

船舶遭難者の遺言(民法979条)|証人2人以上の口頭遺言

4類型のなかで最も要件が緩やかなのが、民法979条の船舶遭難者の遺言です。

その場では口頭だけで遺言が完結する方式

民法979条1項は「船舶が遭難した場合において、当該船舶中に在って死亡の危急に迫った者は、証人二人以上の立会いをもって口頭で遺言をすることができる」と定めています。

ここで求められるのは、船舶の遭難という状況、遺言者が当該船舶中にいること、遺言者が死亡の危急に迫っていること、証人2人以上の立会いの4点です。一般危急時遺言が証人3人以上を要求するのに対し2人以上で足り、しかも「口頭で遺言をする」だけでその場は完結します。読み聞かせや承認といった手順も条文上要求されていません。まさに沈みゆく船の上という極限状況を想定した規定です。

同条2項は、口がきけない者がこの方式で遺言をする場合には通訳人の通訳によらなければならないと定めています。

後日、証人が筆記して家庭裁判所の確認を得る

その場では口頭で足りるものの、効力を生じさせるためには事後の手続が必要です。民法979条3項は「前二項の規定に従ってした遺言は、証人が、その趣旨を筆記して、これに署名し、印を押し、かつ、証人の一人又は利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない」と規定しています。

一般危急時遺言の「遺言の日から20日以内」という明確な期限と異なり、こちらは「遅滞なく」という不確定な基準です。船舶遭難という状況では、救助されるまでに相当の時間を要することもあり、証人自身が生還できない可能性もあることを踏まえた規定と理解できます。もっとも「遅滞なく」である以上、救助後に漫然と放置してよいわけではありません。

なお同条4項により、民法976条5項が準用されます。すなわち船舶遭難者の遺言についても、家庭裁判所は遺言者の真意に出たものとの心証を得なければ確認することができません。

一般危急時遺言との違いを整理する

比較項目 一般危急時遺言(976条) 船舶遭難者の遺言(979条)
証人の数 3人以上 2人以上
その場での方式 口授→筆記→読み聞かせ/閲覧→承認→署名押印 口頭で遺言をするだけ
筆記のタイミング その場で作成 後日、証人が筆記
家裁確認の期限 遺言の日から20日以内 遅滞なく
確認を請求できる者 証人の1人または利害関係人 証人の1人または利害関係人

4類型に共通するルール|署名押印・準用規定・6か月ルール

民法980条から983条までは、特別方式遺言に共通するルールを定めています。ここを見落とすと、個別の要件を満たしていても遺言が無効になりかねません。

署名・押印と付記(980条・981条)

民法980条は「第九百七十七条及び第九百七十八条の場合には、遺言者、筆者、立会人及び証人は、各自遺言書に署名し、印を押さなければならない」と定めています。伝染病隔離者の遺言と在船者の遺言では、遺言者本人だけでなく、実際に筆記した者、立会人、証人の全員が署名押印しなければならないということです。

そして民法981条は「第九百七十七条から第九百七十九条までの場合において、署名又は印を押すことのできない者があるときは、立会人又は証人は、その事由を付記しなければならない」と規定しています。負傷などで署名できない者がいる場合には、その事由を書面上に記録することで方式違背を回避する仕組みです。

準用される普通方式のルール(982条)

民法982条は「第九百六十八条第三項及び第九百七十三条から第九百七十五条までの規定は、第九百七十六条から前条までの規定による遺言について準用する」と定めています。準用される内容は次のとおりです。

民法968条3項は自筆証書遺言の加除訂正の方式です。特別方式遺言の書面に加除その他の変更をする場合も、変更場所を指示し、変更した旨を付記して署名し、変更場所に押印しなければ効力を生じません。

民法973条は成年被後見人の遺言に関する規定で、事理弁識能力を一時回復した時に遺言をするには医師2人以上の立会いが必要とされ、立ち会った医師は所定の事項を遺言書に付記して署名押印しなければなりません。

民法974条は証人および立会人の欠格事由で、未成年者、推定相続人および受遺者ならびにこれらの配偶者および直系血族、公証人の配偶者・四親等内の親族・書記および使用人が挙げられています。危急時遺言の証人に推定相続人の配偶者など欠格者が含まれていると、方式違背を問われるおそれがあるため注意が必要です。

民法975条は共同遺言の禁止で、2人以上の者が同一の証書で遺言をすることはできません。夫婦が同じ船に乗っていた場合でも、遺言書は別々に作成する必要があります。

証人の選び方については、公正証書遺言に関する記事ですが公正証書遺言の証人になれない人|証人2名の費用・民法974条・行政書士への依頼方法で民法974条の欠格事由を詳しく解説しています。

遺言能力は普通方式と同じ

特別方式であっても、遺言能力に関するルールは変わりません。民法961条により15歳に達した者は遺言をすることができ、民法963条により遺言者は遺言をする時においてその能力を有していなければなりません。また民法962条により、制限行為能力者に関する民法5条・9条・13条・17条の規定は遺言には適用されません。

6か月生存すれば失効する(983条)

特別方式遺言の効力を考えるうえで決定的に重要なのが民法983条です。「第九百七十六条から前条までの規定によりした遺言は、遺言者が普通の方式によって遺言をすることができるようになった時から六箇月間生存するときは、その効力を生じない。」

起算点は「普通の方式によって遺言をすることができるようになった時」であって、遺言をした時ではありません。危篤状態から回復して自筆証書遺言や公正証書遺言を作成できる状態になった時、隔離が解除されて外部と行き来できるようになった時、船から下りた時などが、それぞれの起算点になります。

ここから6か月間生存すれば、特別方式で作成した遺言は効力を生じません。つまり特別方式遺言は暫定的な措置にすぎず、体調や状況が回復したら速やかに普通方式で作り直すことが前提になっているということです。回復したのに何もせず6か月が経過し、その後に亡くなった場合、特別方式で作成した遺言は効力を生じません。

なお、民法983条の失効ルールは家庭裁判所の確認を得たかどうかとは無関係に働きます。確認を得た危急時遺言であっても、遺言者が回復して6か月生存すれば効力を生じません。

家庭裁判所の「確認」と「検認」はどう違うか

特別方式遺言をめぐっては、「確認」と「検認」という2つの家庭裁判所の手続が登場します。名称が似ているため混同されがちですが、目的も対象も異なります。

確認(民法976条4項・979条3項)

確認は、危急時遺言(一般危急時遺言・船舶遭難者の遺言)についてのみ必要な手続で、遺言の効力発生要件です。確認を得られなければ、その遺言は最初から効力を生じません。

家事事件手続法上、遺言の確認は別表第一の102の項に掲げる事項についての審判事件とされ、その根拠条文として民法976条4項および979条3項が挙げられています。管轄は家事事件手続法209条1項により相続を開始した地を管轄する家庭裁判所です。相続開始地は民法883条により被相続人の住所とされていますので、実務的には遺言者の最後の住所地の家庭裁判所ということになります。ただし家事事件手続法209条2項により、遺言者が生存している間は、遺言者の住所地を管轄する家庭裁判所が管轄します。

申立ての手数料は、民事訴訟費用等に関する法律の別表第一の15の項により、家事事件手続法別表第一に掲げる事項についての審判の申立てとして収入印紙800円です(このほか裁判所との連絡用の郵便切手が必要です)。

手続面では、家事事件手続法212条により、遺言の確認の申立ては審判がされる前であっても家庭裁判所の許可を得なければ取り下げることができません。また同法214条1号・2号により、遺言の確認の審判に対しては利害関係人が、確認の申立てを却下する審判に対しては遺言に立ち会った証人および利害関係人が、それぞれ即時抗告をすることができます。

検認(民法1004条・1005条)

検認は、遺言書の形状や内容を家庭裁判所が確認して現状を保存し、後日の偽造・変造を防ぐための手続です。民法1004条1項により、遺言書の保管者は相続の開始を知った後、遅滞なく遺言書を家庭裁判所に提出して検認を請求しなければなりません。保管者がない場合に相続人が遺言書を発見したときも同様です。

同条2項により公正証書遺言には検認は不要ですが、特別方式遺言はいずれも公正証書ではないため検認が必要です。危急時遺言については、家庭裁判所の確認を受けたうえで、相続開始後にさらに検認を受けることになります。

同条3項により、封印のある遺言書は家庭裁判所において相続人またはその代理人の立会いがなければ開封することができません。これに違反した場合や検認を経ずに遺言を執行した場合、民法1005条により5万円以下の過料に処せられます。

検認の申立先は遺言者の最後の住所地の家庭裁判所で、費用は遺言書1通につき収入印紙800円と連絡用の郵便切手です。検認済証明書の申請には別途、遺言書1通につき150円分の収入印紙が必要とされています。また家事事件手続法211条により、裁判所書記官は遺言書の検認について調書を作成しなければならず、同法212条により検認の申立ても家庭裁判所の許可なく取り下げることはできません。

検認手続の詳細は遺言書の検認手続き|家庭裁判所への申立て方法・必要書類・費用を行政書士が解説で解説しています。

確認を得ても有効性が確定するわけではない

誤解が多いのがこの点です。民法976条5項が求めているのは、家庭裁判所が「遺言者の真意に出たものであるとの心証」を得ることであり、遺言の内容や効力を終局的に確定させるものではありません。

したがって、確認の審判を得た危急時遺言についても、後日、相続人が遺言能力の欠如や口授の不存在を主張して遺言無効確認の訴えを提起することは可能です。確認は効力発生の入口の要件にすぎず、内容の有効性を保証するものではないと理解しておく必要があります。

2026年成立の民法改正|押印の任意化と録音録画方式の新設

ここまでが現行法の整理です。もっとも、特別方式遺言のルールは近く大きく変わります。法務省の資料によれば、令和8年6月17日に「民法等の一部を改正する法律」が成立し、同年6月24日に令和8年法律第45号として公布されました。成年後見制度と遺言制度の見直しを内容とするもので、遺言制度に関する部分には特別方式遺言の改正が含まれています。

押印の任意化

改正法は、自筆証書遺言・秘密証書遺言・特別方式遺言における遺言者および証人等の押印要件を廃止し、押印を任意とします(法務省資料では民法968条・970条・976条・979条・980条が対象とされています)。遺言書の加除その他の変更の際の押印要件も廃止されます。

実際、改正後の民法976条1項の末尾は「これに署名しなければならない」となり、押印に関する文言が削られています。民法980条も見出しが「遺言関係者の署名」に改められ、「各自遺言書に署名しなければならない」となります。民法981条の見出しも「署名が不能の場合」に改められます。

民法976条の2の新設|録音録画による危急時遺言

改正法は民法976条の次に新たに976条の2を加えます。改正後の同条1項は、遺言作成の状況を録音および録画を同時に行う方法により記録するときは、死亡の危急に迫った者は証人1人以上の立会いをもって遺言をすることができるとしています。

この方式では、証人の1人に遺言の趣旨を口授すること、口授を受けた証人が遺言の趣旨および証人の氏名を書面に記載しまたは電磁的記録に記録すること、その内容を遺言者に読み聞かせまたは閲覧させて遺言者が正確であることを承認すること、という手順が定められています。

さらに改正後の同条2項により、遺言者は、遺言者および証人が映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法、すなわちウェブ会議によって証人を立ち会わせることができます。証人を現場に集めることが難しい危急の場面を想定した規律です。なお改正後の同条6項により、民法976条4項・5項の家庭裁判所の確認に関する規定が準用されます。

民法979条の見直しと979条の2の新設

船舶遭難者の遺言についても大きな見直しが入ります。まず改正後の民法979条は、見出しが「船舶遭難者等の遺言」に改められ、1項後段として「天災その他避けることのできない事変が発生した場合において、当該天災又は当該事変から生じた重大かつ急迫の危難を避けることが困難な場所に在って死亡の危急に迫った者についても、同様とする」という規律が加わります。大規模地震などの災害現場が対象に取り込まれることになります。

加えて改正法は民法979条の次に979条の2を新設します。改正後の同条1項は、次の2つの方式を追加するものです。1号は、証人1人以上の立会いをもって口頭で遺言をする状況を録音および録画を同時に行う方法により記録する方式です。2号は、口頭で遺言をする状況を録音および録画を同時に行う方法により記録し、その使用する電子計算機を用いてその記録を特定の者に送信する方式で、この場合は証人の立会いが不要となります。

同条2項により、1号の方式ではウェブ会議による証人の立会いが認められます。また同条5項により、証人の1人、2号の送信を受けた者、または利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に確認を請求しなければ効力を生じないとされています。

証人等の欠格事由の拡張

改正後の民法974条は、証人・立会人の欠格事由の範囲を広げます。従来は受遺者本人とその配偶者・直系血族までが欠格でしたが、改正後は受遺者の被用者(受遺者が法人である場合にはその被用者および役員)も欠格事由に加わります。法務省の資料では、単身高齢者の増加により入所している高齢者施設等への遺贈が行われる例があることが背景として挙げられています。

普通方式では「保管証書遺言」が新設される

特別方式そのものではありませんが、あわせて押さえておきたいのが保管証書遺言の創設です。改正後の民法967条は「遺言は、自筆証書、保管証書、公正証書又は秘密証書によってしなければならない」となり、普通方式が4種類になります。

改正後の民法968条の2によれば、保管証書遺言は、遺言の全文が記載または記録された証書について遺言者が署名またはこれに代わる措置(電子署名が想定されています)を講じ、遺言書保管官の前でその全文を口述する方式で、法務局における遺言書の保管等に関する法律の定めるところにより保管しなければ効力を生じません。パソコン等で作成したデータやそのプリントアウトを法務局に提供する形が想定されており、法務省資料によれば相続開始後の家庭裁判所における検認手続は不要とされています。

施行期日は政令待ち

改正法附則1条によれば、施行期日は次のように分かれています。

押印の任意化、民法974条の改正、民法976条の2および979条の2の新設、民法980条から982条まで・984条・1004条・1005条・1024条の改正などは、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行されます。保管証書遺言の創設に関する部分(民法967条の改正、968条の2・968条の3の新設など)は公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日、成年後見制度の見直しを含む原則部分は公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日とされています。

いずれも具体的な日は政令で定められるため、本記事執筆時点では確定していません。なお改正法附則5条により、押印の任意化等に関する規定の施行日前にされた遺言については、なお従前の例によるとされています。施行日前に作成された遺言の方式は、作成当時の法律で判断されるということです。改正法の全体像や保管証書遺言の手続については、デジタル遺言制度の動向|法制審議会の議論と現行法での電子遺言の扱いで詳しく解説しています。

実務上の注意点|特別方式に頼らない備えと専門家の業務範囲

特別方式は「最後の手段」にすぎない

ここまで見てきたとおり、特別方式遺言には、証人の確保、方式の厳格さ、家庭裁判所の確認期限、6か月の失効ルールと、実務上のハードルが幾重にも積み重なっています。しかも危急の場面で作成される以上、後日、遺言能力や口授の有無が争われるリスクも高くなります。

結論として、特別方式遺言を使わずに済むよう、元気なうちに普通方式で遺言を作成しておくことが最善です。特に公正証書遺言であれば公証人が関与するため方式違背のリスクが小さく、検認も不要です。自筆証書遺言についても、法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用すれば紛失・改ざんのリスクを抑えられます。遺言書の作成方法全般については遺言書の作り方完全ガイド|種類別の手順と注意点を、書ける内容については遺言書に書ける事項の法定遺言事項と付言事項|効力の違い・記載方法・注意点をご覧ください。

回復したら速やかに作り直す

特別方式で遺言を残した後、遺言者が回復したり隔離が解除されたりした場合は、6か月の経過を待たずに普通方式で遺言を作り直すことを強くおすすめします。普通方式で遺言できるようになった時から6か月生存すると民法983条により特別方式遺言は効力を生じませんので、作り直しを怠ると、残したはずの遺言が使えなくなってしまいます。遺言の撤回・変更の方法については遺言書の撤回・変更方法|書き換え・取消しの手続きと注意点を解説で整理しています。

作成した記録は散逸させない

危急時遺言は、病室や災害現場といった落ち着かない環境で作成されます。そこで作られた書面が、そのまま病院に置き忘れられたり、証人の1人が持ち帰ったまま所在不明になったりすることは十分に起こり得ます。

民法1004条1項が検認の請求義務を課しているのは「遺言書の保管者」ですから、誰が原本を保管するのかをその場で決め、証人全員が共有しておくことが実務上は重要です。あわせて、遺言者の当時の状態を示す診療記録や、立ち会った者の氏名・連絡先を記録に残しておくことも、後日、遺言者の真意や遺言能力が問題になったときの手がかりになります。

証人になれる人を事前に確認しておく

危急の場面では、その場にいる人にとっさに証人を頼むことになります。しかし民法974条の欠格事由に該当する人が証人に含まれていれば、遺言は方式違背で無効になりかねません。相続人になる予定の家族やその配偶者は証人になれないという点だけでも、事前に共有しておく価値があります。

手続ごとに担当できる専門家が異なる

特別方式遺言に関連する手続は、どの専門家が扱えるかが法律で明確に分かれています。

まず、家庭裁判所に対する遺言の確認の申立てや遺言書の検認の申立てに関する書類の作成は、司法書士(または弁護士)の業務です。司法書士法3条1項4号は「裁判所若しくは検察庁に提出する書類若しくは電磁的記録……を作成すること」を司法書士の業務として定めています。行政書士はこれらの書類を作成することができません。行政書士法1条の3第2項が、書類の作成であっても他の法律で制限されているものについては業務を行うことができないと定めているためです。

また、遺言の有効性が争われて訴訟や調停になった場合の代理は弁護士の業務です。相続税の申告や税額の計算、節税の助言は税理士の業務であり、相続登記は司法書士の業務です。

行政書士が担えるのは、行政書士法1条の3第1項が定める「官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類」の作成です。相続の場面では、戸籍の収集による相続人調査、相続関係説明図の作成、遺産分割協議書の作成、遺言書の文案作成といった書類作成業務がこれに当たります。相続人調査の進め方は相続人調査の方法|戸籍収集の手順と取り寄せ先一覧で、自筆証書遺言の要件と法務局保管制度については自筆証書遺言とは何か?作成上の注意点や効力、法務局保管制度についても解説します。で解説しています。

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まとめ

特別方式遺言は民法976条から979条までの4類型です。死亡の危急に迫った者の遺言(証人3人以上)、伝染病隔離者の遺言(警察官1人+証人1人以上)、在船者の遺言(船長または事務員1人+証人2人以上)、船舶遭難者の遺言(証人2人以上・口頭)に分かれ、前者2つと後者2つで趣旨が異なります。いずれも民法967条ただし書を根拠とする例外的な制度です。

手続面では、危急時遺言(976条・979条)だけが家庭裁判所の確認を要する点が最大の分岐点です。一般危急時遺言は遺言の日から20日以内、船舶遭難者の遺言は遅滞なく、証人の1人または利害関係人が確認を請求しなければ効力が生じません。確認は効力発生要件であり、遺言内容の有効性を確定させるものではないという点も押さえておく必要があります。

また、4類型すべてに民法983条の6か月ルールが及びます。遺言者が普通方式で遺言できる状態になった時から6か月生存すれば、特別方式で作成した遺言は効力を生じません。特別方式はあくまで暫定措置であり、状況が回復したら速やかに普通方式で作り直すことが制度の前提になっています。

さらに、令和8年法律第45号(2026年6月24日公布)により、押印の任意化、録音録画による危急時遺言(民法976条の2)、天災事変を対象に加えた船舶遭難者等の遺言と新方式(民法979条・979条の2)、証人等の欠格事由の拡張(民法974条)が導入されます。施行期日は政令で定められるため、実際に遺言を作成する際は施行状況の確認が欠かせません。

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※ 本記事は執筆時点の法令・実務に基づき細心の注意を払って執筆しておりますが、内容の正確性・完全性・最新性を保証するものではなく、誤記・脱漏等があった場合でも当事務所は一切の責任を負いません。法令・実務の取扱いは改正・運用変更により変動します。個別具体的な事案・手続については、必ず行政書士・弁護士・税理士・司法書士・信託銀行等の専門家にご確認のうえご判断ください。

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