長年地元で愛されてきた洋菓子店を個人事業として営んできたオーナーが亡くなると、店舗の土地建物、オーブンやドウコンディショナーといった厨房設備、レジや什器、配達用の車両、そして屋号やレシピまでが、いったん相続人全員の共有状態に置かれます。民法896条は「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定め、民法898条1項は「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する」と定めているため、遺言がなければ相続開始と同時に自動的に共有が発生します。
問題は、洋菓子店が「毎日仕込みが動く事業」だという点です。冷蔵・冷凍設備は止められませんし、クリスマスやバレンタインといった繁忙期に向けた仕入れと予約受付は待ってくれません。それにもかかわらず、共有名義のままでは設備更新も、店舗の増改築も、テナント契約の名義整理も、共有者の合意が取れなければ前に進みません。相続から数年が経ち、さらに次の相続(数次相続)が起きて共有者が兄弟からいとこへ、さらにその子へと広がると、単独名義への組み替えは加速度的に難しくなります。
この記事では、洋菓子店の持分がどのように共有になり、どのような順序で単独名義へ組み替えていくのかを、民法・不動産登記法・食品衛生法の条文と、書類作成の実務手順に沿って整理します。「誰が店を継ぐか」が決まっていても、権利関係の書面がそれに追いついていないケースは少なくなく、放置すると承継そのものが頓挫するおそれがあります。
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目次
洋菓子店の相続で「共有」が生まれる仕組み
相続開始と同時に自動的に共有になる
共有は、相続人が話し合って選ぶものではありません。民法898条1項により、相続人が複数いれば相続財産は当然に共有となります。同条2項は「相続財産について共有に関する規定を適用するときは、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分をもって各相続人の共有持分とする」と定めており、遺産分割が終わるまでの共有持分は法定相続分(または遺言による指定相続分)で決まります。
たとえば、洋菓子店の店舗兼自宅を所有していた先代が亡くなり、配偶者と子2人が相続人であれば、店舗不動産は配偶者2分の1、子が各4分の1の共有となります。この状態は、長男が実際に厨房に立ち、日々の売上を管理していたとしても変わりません。「店を回している人」と「持分を持っている人」が一致しないところに、洋菓子店の相続の難しさがあります。
洋菓子店は「止まると価値が落ちる」資産である
共有の解消を先送りしても、更地や空き家であれば維持費が積み上がるだけで済むかもしれません。しかし洋菓子店の場合、休業期間が長引くほど常連客が離れ、従業員が退職し、取引先との仕入条件も悪化します。ショーケースに並ぶ商品がなくなれば、その日から売上はゼロです。設備も、稼働させないまま放置すれば故障やカビの発生につながります。つまり洋菓子店の資産価値は、事業が継続していること自体に強く依存しています。
だからこそ、洋菓子店の持分整理は「いつかやる」ではなく「営業を止めない期間内に終える」という時間軸で組み立てる必要があります。相続開始直後に暫定的な運営ルールを共有者間で決め、並行して単独名義への組み替えを進める、という二段構えが実務的です。ただし、借入金などの債務が多い場合は、在庫の販売など相続財産の処分にあたる行為によって単純承認をしたものとみなされるおそれがあるため(民法921条1号)、営業を続ける前に弁護士等の専門家にご確認ください。
共有を放置した場合に起きる3つの実害
第一に、意思決定が止まります。後述するとおり、共有物に「変更」を加えるには原則として共有者全員の同意が必要です(民法251条1項)。老朽化したオーブンを入れ替える程度なら管理行為として持分価格の過半数で決められる余地がありますが、店舗の増築や用途変更のような大きな改修は全員の同意が要ります。
第二に、資金調達が難しくなります。金融機関が店舗不動産を担保に取る場合、共有者全員が抵当権設定契約の当事者になる必要があります。共有者の一人でも協力しなければ、店舗不動産を担保にした設備投資資金の借入れは難しくなります。
第三に、次の相続で当事者が増えます。共有者の一人が亡くなれば、その持分はさらにその相続人へ承継され、共有者が10人、20人と膨らんでいきます。連絡が取れない相続人が出てくると、協議書に全員の署名押印を集めること自体が難事業になります。数次相続の考え方については、数次相続とは?相続人の確定・遺産分割協議書の書き方|代襲相続との違いも解説で詳しく整理しています。
「持分」の中身を洗い出す|洋菓子店の財産棚卸し
「持分整理」と一口に言っても、洋菓子店の財産は性質の異なる複数の塊で構成されています。整理の手順も、承継に必要な書類も、塊ごとに違います。まずは何が共有になっているのかを可視化するところから始めます。
店舗不動産(自己所有の場合)
土地と建物を先代が所有していた場合、これが持分整理の中心になります。登記記録上の名義が先代のままであれば、相続を原因とする所有権移転登記が必要です。なお、登記の申請手続そのものは司法書士法3条1項1号・2号により司法書士の業務であり、行政書士は取り扱えません。行政書士が担うのは、その前提となる相続人調査と遺産分割協議書の作成です。
店舗不動産(賃借の場合)
商店街のテナントを借りて営業していた場合、遺産に含まれるのは所有権ではなく賃借権です。賃借権も財産権ですから相続の対象となり、相続人全員の準共有状態になります。誰が賃借人の地位を引き継ぐのかを遺産分割で確定させたうえで、賃貸人に対して名義の整理を申し入れることになります。差し入れている敷金・保証金の返還請求権も遺産に含まれますので、協議書に記載漏れがないよう確認します。
厨房設備・什器・車両
デッキオーブン、コンベクションオーブン、ミキサー、ドウコンディショナー、ブラストチラー、冷凍・冷蔵ショーケース、包装機、レジ、テーブル・椅子、配達用の車両などは動産です。動産には不動産のような登記による公示制度がないため、遺産分割協議書に「誰が取得するか」を明記すること自体が、後日の証明手段になります。設備にリース契約が付いている場合は、リース会社に対する契約上の地位も承継の対象になりますので、契約書を確認して個別に整理します。
屋号・商標権・レシピ
店名を商標登録している場合、商標権も相続財産です。商標法35条は特許法73条を準用しており、同条1項により、権利が共有に係るときは各共有者は他の共有者の同意を得なければその持分を譲渡できません。逆に同条2項により、契約で別段の定めをした場合を除き、各共有者は他の共有者の同意を得ないでその発明(商標では登録商標の使用)を実施できます。つまり共有のままでも使えはするけれども、権利を動かすには全員の関与が要る、という構造です。
商標登録をしていない屋号や、門外不出のレシピ・製法ノートは、そもそも登記・登録の対象ではありません。だからこそ、遺産分割協議書のなかで「営業に関する一切の権利義務」「屋号『◯◯』の使用に関する権利」「レシピその他の営業上のノウハウを記録した資料」といった形で帰属先を明記しておく意味があります。
法人化している場合の株式・持分
洋菓子店を株式会社として運営していた場合、遺産となるのは店舗そのものではなく株式です。株式が複数の相続人の共有になると、会社法106条により「共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない」とされます。権利行使者を決めないままだと、会社が同意した場合(同条ただし書)を除き、共有株式について株主総会で議決権を行使できず、先代が株式の大半を保有していた場合には役員の選任などの決議も進められません。合同会社などの持分会社では、会社法608条1項の定款の定めがあれば相続人が持分を承継しますが、同条5項により、相続人が2人以上あるときはやはり権利行使者を1人定める必要があります。非上場株式の相続実務は、非上場株式(同族会社株式)の相続|名義書換・配当請求権・取得請求権を解説もあわせてご確認ください。
預貯金・売掛金・買掛金・借入金
事業用の預貯金は遺産分割の対象となり、分割が終わるまでは原則として相続人が単独で引き出すことはできません。もっとも民法909条の2により、各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始時の債権額の3分の1に自己の相続分を乗じた額(同一の金融機関ごとに150万円が上限です。平成30年法務省令第29号)について、単独で払戻しを受けられます。上限額があるため、当面の仕入代金や人件費の一部に充てる手段として検討できます。
一方、卸先への売掛金は資産ですが、仕入先への買掛金や金融機関からの借入金といった債務の扱いには、資産とは別の考え方が必要です。金銭債務などの可分債務は、相続開始と同時に法定相続分に応じて各相続人に承継されるとされ(民法899条、902条の2参照)、遺産分割協議で「長男が全部払う」と決めても、それだけでは債権者に対抗できません。債権者の承諾を得た免責的債務引受などの手当てが別途必要になりますので、借入金がある洋菓子店では金融機関との事前調整が欠かせません。
共有のまま営業を続ける場合のルール
持分整理が完了するまでの間も、店は動き続けます。この「暫定期間」の法律関係は、令和3年の民法改正(令和5年4月1日施行)で明確化されており、洋菓子店の運営にも直接影響します。
店を使っている相続人は対価を払うのか
民法249条1項は「各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる」と定めます。そのうえで同条2項は「共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負う」と規定しました。つまり、持分4分の1の長男が店舗全体を使って営業を続けているなら、原則として残り4分の3に相当する使用の対価を他の共有者に償還する義務が生じます。ただし、被相続人の許諾を得て生前から同居していた相続人については、遺産分割終了までは無償で使用させる合意(使用貸借)が推認されるとした判例(最高裁平成8年12月17日判決)もあり、個別事情によって結論は変わります。
この「別段の合意がある場合を除き」という文言が実務上の要です。相続人間で「遺産分割が成立するまでは長男が無償で店舗を使用してよい」と合意しておけば、後から使用料相当額を請求されるトラブルを避けられます。この合意内容を書面にしておくことは、行政書士が作成できる権利義務に関する書類にあたります。また同条3項は「共有者は、善良な管理者の注意をもって、共有物の使用をしなければならない」と定めており、営業を続ける側には設備や建物を適切に維持する責任があります。
管理行為は過半数、変更行為は全員同意
民法252条1項は、共有物の管理に関する事項は「各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する」と定めます。頭数の過半数ではなく持分価格の過半数である点に注意が必要です。同項後段では「共有物を使用する共有者があるときも、同様とする」と明記され、現に店を使っている相続人がいても、管理事項の決定方法は変わらないことが明確になりました。
これに対し民法251条1項は「各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。次項において同じ。)を加えることができない」と定めます。括弧書きにより、形状または効用の著しい変更を伴わない「軽微変更」は管理行為として過半数で決められるようになりました。厨房のレイアウト変更や内装の改装がどちらに当たるかは工事の規模と内容によりますので、大規模な改修を検討する際は事前に共有者全員の書面同意を取っておくのが安全です。
賃貸に出す場合の期間制限
営業を続けられず、店舗を第三者に貸すという選択もあります。民法252条4項は、共有者が持分価格の過半数で設定できる賃借権等の期間を、樹木の栽植または伐採を目的とする山林の賃借権等は10年、その他の土地の賃借権等は5年、建物の賃借権等は3年、動産の賃借権等は6か月と定めています。これを超える期間の賃貸借は「変更」として全員の同意が必要になります。店舗物件を長期で貸す計画があるなら、共有のまま進めるのは現実的ではありません。
費用は持分に応じて負担する
民法253条1項は「各共有者は、その持分に応じ、管理の費用を支払い、その他共有物に関する負担を負う」と定めます。固定資産税、火災保険料、建物の修繕費などは、本来は持分割合で負担すべきものです。同条2項は「共有者が一年以内に前項の義務を履行しないときは、他の共有者は、相当の償金を支払ってその者の持分を取得することができる」とも定めており、費用を負担しない共有者の持分を取得する道も用意されています。実務では、誰がどの費用を立て替えたのかを記録し、最終的な分割案に反映させる作業が重要になります。
遺産共有と通常共有|使える解消手続が違う
「共有名義を単独名義にしたい」という相談で最初に確認すべきなのは、その共有が遺産共有なのか通常共有なのかという点です。ここを取り違えると、選ぶべき手続を間違えます。
遺産共有は遺産分割で解消する
相続によって生じ、まだ遺産分割が済んでいない共有が遺産共有です。民法907条1項は「共同相続人は、(中略)いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる」と定めます。協議が調わないとき、または協議をすることができないときは、同条2項により各共同相続人が家庭裁判所に分割を請求できます。遺産分割の基準は民法906条が定めており、「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情」を考慮するとされています。洋菓子店の場合、後継者が製菓衛生師の資格を持ち実際に厨房を担ってきたという事情は、この「職業」「一切の事情」として考慮の対象になります。
遺産分割には強力な効果があります。民法909条本文は「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる」と定めており、分割が成立すれば、取得者は相続開始時から単独で所有していたことになります。ただし同条ただし書により、第三者の権利を害することはできません。
通常共有は共有物分割で解消する
いったん遺産分割を終えたうえで「店舗は兄弟2人の共有にする」と決めた場合や、生前から親子で共有していた場合は、通常共有です。民法256条1項本文は「各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる」と定め、同項ただし書で5年を超えない不分割特約を認めています。同条2項により特約は更新できますが、更新から5年を超えることはできません。
協議が調わない場合は、民法258条1項により裁判所に分割を請求します。同条2項は分割方法として「共有物の現物を分割する方法」と「共有者に債務を負担させて、他の共有者の持分の全部又は一部を取得させる方法」を掲げ、賠償分割が条文上明記されました。同条3項は、これらの方法で分割できないとき、または分割によって価格を著しく減少させるおそれがあるときに競売を命じることができるとしており、検討の順序が明確になっています。さらに同条4項により、裁判所は金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命じることができます。
両者が併存する場合の特則(民法258条の2)
厄介なのは、店舗の持分の一部が遺産共有、一部が通常共有という混在状態です。民法258条の2第1項は「共有物の全部又はその持分が相続財産に属する場合において、共同相続人間で当該共有物の全部又はその持分について遺産の分割をすべきときは、当該共有物又はその持分について前条の規定による分割をすることができない」と定め、遺産共有部分は共有物分割訴訟では解消できないのが原則であることを明示しています。
ただし同条2項は「共有物の持分が相続財産に属する場合において、相続開始の時から十年を経過したときは、前項の規定にかかわらず、相続財産に属する共有物の持分について前条の規定による分割をすることができる」と定めます。もっとも、遺産分割の請求があった場合に相続人が異議を申し出たときはこの限りではなく、同条3項により、その申出は共有物分割請求があった旨の通知を受けた日から2か月以内に裁判所へしなければなりません。
相続開始から10年という時間の壁
持分整理を先送りする最大のリスクが民法904条の3です。同条本文は「前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない」と定めます。前三条とは特別受益の持戻し(903条・904条)と寄与分(904条の2)です。つまり相続開始から10年を経過すると、原則として具体的相続分ではなく法定相続分(または指定相続分)で分割することになります。
例外は同条ただし書1号・2号です。1号は「相続開始の時から十年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき」、2号は「相続開始の時から始まる十年の期間の満了前六箇月以内の間に、遺産の分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から六箇月を経過する前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき」です。
洋菓子店の承継では、後継者が長年無給に近い形で店を支えてきた、設備投資を自己資金で負担した、といった寄与分の主張が分割案の公平性を支えていることが少なくありません。10年を過ぎるとその主張の前提が失われるおそれがあるため、寄与分や特別受益を織り込んだ協議をするのであれば、時間の制約を意識した進行が必要です。なお、10年を経過した後でも、相続人全員が具体的相続分による遺産分割に合意すれば、その内容で分割することは可能とされています。また、2023年4月1日より前に開始した相続については経過措置があり、家庭裁判所への分割請求の期限は、相続開始から10年を経過する時と2023年4月1日から5年を経過する時のいずれか遅い時までとされています(令和3年法律第24号附則3条)。所在の分からない共有者がいる場合の民法262条の2(所在等不明共有者の持分の取得)や262条の3(所在等不明共有者の持分の譲渡)も、いずれも相続財産に属する持分については相続開始から10年を経過していなければ裁判ができないと定めており(262条の2第3項、262条の3第2項)、10年は複数の場面で意味を持つ節目になっています。
共有名義から単独名義へ組み替える4つのルート
ここまでを踏まえて、実際に単独名義へ組み替える方法を整理します。どのルートを選ぶかは、共有の性質と、共有者の関係性と、資金の有無で決まります。
ルート1:遺産分割協議(未分割の場合の本筋)
遺産分割が未了なら、まずは遺産分割協議です。相続人全員が参加し、全員が合意することが要件で、一人でも欠けた協議は無効です。合意内容を遺産分割協議書にまとめ、相続人全員が署名し実印を押印して印鑑登録証明書を添えるのが実務の標準形です。協議の進め方の全体像は、遺産分割協議の進め方|全相続人参加の原則・必要書類・期限・分割案の取りまとめ実務で解説しています。
ルート2:共有物分割協議(すでに通常共有になっている場合)
遺産分割が済んで登記も共有名義で入っている場合、判例上は共同相続人全員の合意によって既に成立した遺産分割協議を解除し、改めて分割協議をすることも当然には妨げられないとされています(最高裁平成2年9月27日判決)。もっとも一人でも反対すればやり直しはできず、税務上の取扱いも別途問題になり得るため、課税関係は税理士にご確認ください。遺産分割のやり直しによらない場合は、共有者間の共有物分割協議によって、誰か一人に持分を集約します。共有物分割協議にも共有者全員の合意が必要で、合意ができればその内容を共有物分割協議書にまとめます。合意ができなければ民法258条の共有物分割訴訟によることになりますが、訴訟の代理は弁護士法72条により原則として弁護士の業務です。
ルート3:持分の売買・贈与
共有者の一人が他の共有者から持分を買い取る、あるいは贈与を受けるという方法もあります。この場合は持分売買契約書や贈与契約書を作成します。行政書士法1条の3第1項により契約書の作成は行政書士の業務であり、同法1条の4第1項3号により代理人として契約書を作成することもできます。ただし持分の移転登記は司法書士の業務であり、譲渡所得や贈与に関する課税関係は税理士にご確認ください。金額の妥当性については、不動産であれば不動産鑑定士や不動産業者の査定を参照することになります。
ルート4:裁判所を使う手続
協議がまとまらない場合、遺産共有なら家庭裁判所の遺産分割調停・審判、通常共有なら地方裁判所または簡易裁判所での共有物分割訴訟という道があります。家庭裁判所に提出する申立書類の作成は司法書士法3条1項4号により司法書士の業務であり、調停・訴訟における代理は原則として弁護士の業務です。行政書士はこれらを取り扱えません。
なお、遺産共有の解消に共有物分割訴訟を使えるのは前述の民法258条の2第2項の場合に限られる点、また相続分そのものを他の相続人や第三者に譲渡する方法(民法905条には共同相続人による相続分の取戻権が定められており、その行使は1か月以内とされています)もある点は、選択肢を検討するうえで押さえておきたい知識です。分割方法の全体像は遺産分割の方法4つ|現物・代償・換価・共有の違いと選び方を徹底比較で比較しています。
洋菓子店で選ばれやすい代償分割の設計
なぜ現物分割が向かないのか
現物分割は、財産そのものを物理的に分ける方法です。しかし洋菓子店の店舗を「厨房は長男、売場は次男」と分けても、どちらも単独では洋菓子店として機能しません。厨房設備も、オーブンとミキサーとショーケースを別々の相続人が取得すれば製造も販売もできなくなります。事業用資産は一体として使うことに価値があるため、現物分割は原則として不向きです。
換価分割、つまり売却して代金を分ける方法は公平ですが、店をたたむことを意味します。事業を継続したいのであれば選べません。共有分割は、まさに本記事が解消しようとしている状態そのものです。
代償分割の仕組みと資金の詰め方
そこで実務上多く選ばれるのが代償分割です。後継者が店舗不動産と設備を単独で取得し、その代わりに他の相続人へ代償金を支払います。事業の一体性を保ったまま、他の相続人にも取り分を確保できるのが利点です。
問題は資金です。代償金の原資として実務で使われるのは、被相続人が加入していた生命保険金(受取人固有の財産であり遺産分割の対象外とされるのが一般的です)、後継者自身の預貯金、事業用預金の一部、金融機関からの借入れなどです。一括での支払いが難しい場合は分割払いとし、支払期日・回数・振込先・遅延した場合の取扱いを協議書に明記します。金額そのものの妥当性や税務上の評価については、当事務所は判断や助言を行いません。不動産の価格は不動産鑑定士や不動産業者の査定、税務上の評価と課税関係は税理士にご確認ください。代償分割の実務は代償分割の遺産分割|不動産を1人が取得する場合・代償金の税務を解説で、売却を選ぶ場合は換価分割の遺産分割協議書|不動産売却・代表相続人方式・譲渡所得税を解説で扱っています。
協議書に落とし込むときの記載事項
代償分割を選ぶ場合、遺産分割協議書には最低限、次の事項を記載します。第一に、後継者が取得する財産の特定です。不動産は登記記録の表示どおりに所在・地番・家屋番号・種類・構造・床面積を記載します。厨房設備は品名・型式・製造番号まで書ければ確実です。第二に、代償金の額、支払方法、支払期日です。第三に、屋号や営業に関する権利の帰属です。第四に、債務の取扱いです。第五に、後日判明した財産の帰属に関する条項です。
協議書の基本形については遺産分割協議書の書き方|ひな形付きで解説を参照してください。代償金の支払いを確実にしたい場合、遺産分割協議の内容を公正証書にする方法もあります。
持分整理の実務手順(5ステップ)
ステップ1:相続人を確定する
すべての出発点は相続人の確定です。被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本・除籍謄本・改製原戸籍謄本を収集し、法定相続人を漏れなく把握します。前婚の子や認知した子が判明することもあり、この作業を省略した協議は無効になりかねません。
2024年3月1日から戸籍法120条の2に基づく戸籍証明書等の広域交付が始まり、本籍地以外の市区町村の窓口でも戸籍を請求できるようになりました。ただしこの広域交付は、行政書士等が行う職務上請求では利用できず、本人・配偶者・直系尊属・直系卑属が窓口で請求する場合に限られる点に注意が必要です。戸籍の読み方は戸籍謄本・除籍謄本・改製原戸籍の見方|相続人調査に必要な戸籍を具体例で解説、収集の手順は相続人調査の方法|戸籍収集の手順と取り寄せ先一覧で解説しています。
収集した戸籍をもとに法定相続情報一覧図を作成し、法務局の認証を受けておくと、金融機関や登記手続で戸籍一式の提出を繰り返す手間が省けます。詳しくは法定相続情報一覧図とは|相続関係説明図との違い・作成方法・必要書類を解説をご覧ください。
ステップ2:財産と負債を棚卸しする
不動産は名寄帳と登記事項証明書、預貯金は各金融機関の残高証明書、設備は固定資産台帳やリース契約書、商標は特許情報プラットフォームの登録情報、債務は借入金の残高証明書と取引先への未払金一覧で確認します。洋菓子店では、原材料の在庫、商品券やケーキ予約の前受金、ポイント残高といった「負債に近い性質のもの」も見落とせません。予約を受けたクリスマスケーキの前受金は、引渡し義務を伴う負担として承継されます。
ステップ3:分割案を作り、合意を形成する
誰が事業を承継するのか、他の相続人にどう配分するのかを、相続人間で話し合って決めます。この段階では、後継者が製菓衛生師や食品衛生責任者の資格を持っているか、実際に厨房を担えるか、取引先や金融機関との関係を引き継げるかといった事業側の要素も判断材料になります。当事務所が行えるのは、相続人が合意した内容を法的に有効な書面へ整えることであり、相続人間に争いがある場合の交渉や代理は弁護士の業務です。
ステップ4:遺産分割協議書を作成する
合意内容を遺産分割協議書として書面化します。行政書士法1条の3第1項は、行政書士の業務を「官公署に提出する書類(中略)その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする」と定めており、遺産分割協議書はこの「権利義務に関する書類」に該当します。相続人全員が署名し実印で押印し、印鑑登録証明書を添付します。相続人が遠方にいる場合は、同一内容の書面を人数分作成して各自が1通ずつ署名押印する遺産分割協議証明書の方式をとることもあります。
ステップ5:名義変更を実行する
協議書ができたら、財産ごとに名義変更を進めます。不動産の相続登記は司法書士の業務です。預貯金の解約・払戻しは各金融機関の所定手続によります。自動車は運輸支局等での移転登録(軽自動車は軽自動車検査協会での名義変更の手続)が必要です。商標権は、相続による移転であれば登録をしなくても効力を生じますが、商標法35条が準用する特許法98条2項により、遅滞なくその旨を特許庁長官に届け出る必要があります。営業許可については次章で扱います。税務署への申告・届出は税理士の業務ですので、税理士にご確認ください。名義変更の全体像は相続に伴う名義変更の手続き一覧|不動産・預金・車・保険を解説にまとめています。
営業許可の地位承継|店を止めずに引き継ぐ
洋菓子店に必要な営業許可
洋菓子店は、食品衛生法55条1項に基づく都道府県知事(保健所設置市等ではその長)の営業許可を受けて営業します。許可が必要な業種は食品衛生法施行令35条に列挙されており、洋菓子の製造は同条11号の菓子製造業(「菓子(パン及びあん類を含む。)を製造する営業」)に当たります。店内にイートインスペースを設けてケーキや飲み物を提供している場合は、同条1号の飲食店営業の許可も関係してきます。どの許可が必要かは施設の構造と提供形態によって変わるため、管轄の保健所への確認が前提になります。
なお食品衛生法55条3項は、都道府県知事が営業許可に5年を下らない有効期間その他の必要な条件を付けることができると定めています。許可には有効期間があり、期間満了前の更新手続が必要である点も、承継とあわせて管理すべき事項です。
相続による地位の承継(食品衛生法56条)
ここが洋菓子店の持分整理で最も実務的な論点です。食品衛生法56条1項は、許可営業者が営業を譲渡し、または許可営業者について相続、合併もしくは分割(当該営業を承継させるものに限る)があったときは、営業を譲り受けた者または相続人、合併後存続する法人等が許可営業者の地位を承継すると定めています。つまり相続の場合、原則として新規の許可を取り直す必要はありません。
そして相続人が複数いる場合について、同項は括弧書きで重要な定めを置いています。「相続人が二人以上ある場合において、その全員の同意により当該営業を承継すべき相続人を選定したときは、その者」が地位を承継する、というものです。相続人全員の同意によって承継者を1人に絞る、という営業許可版の単独名義化が法律上用意されているわけです。
手続としては、同条2項が「前項の規定により許可営業者の地位を承継した者は、遅滞なく、その事実を証する書面を添えて、その旨を都道府県知事に届け出なければならない」と定めています。期限は日数ではなく「遅滞なく」ですので、承継が確定したら速やかに動く必要があります。届出営業(許可ではなく届出で足りる営業)についても、食品衛生法57条2項が56条を準用しています。
届出に添える書類と、遺産分割との整合
添付書類の名称や様式は自治体によって異なりますが、相続の場合には、被相続人の死亡の事実と相続人の範囲を示す戸籍謄本一式(または法定相続情報一覧図の写し)と、相続人が2人以上いる場合に営業を承継しない相続人が承継者を選定したことを示す同意書(自治体によって「営業相続同意証明書」等の名称)を求める運用が一般的です。必要書類は必ず管轄保健所にご確認ください。届出の流れは飲食店を相続したときの営業許可|食品衛生法の地位承継届と保健所手続で解説しています。
実務で注意したいのは、遺産分割協議で店舗設備を取得する人と、営業許可を承継する人がずれていないかという点です。長男が営業許可を承継したのに、遺産分割では次男が店舗不動産を取得した、というような食い違いがあると、営業の実態と権利関係が乖離します。営業許可の地位承継の同意書と遺産分割協議書は、同じ承継設計のもとで整合的に作成する必要があります。
なお、保健所へ提出するこれらの届出書類は「官公署に提出する書類」に当たり、その作成は行政書士法1条の3第1項に基づく行政書士の業務です。作成した書類を官公署に提出する手続の代理は、同法1条の4第1項1号を根拠とします。
法人化・事業譲渡を伴う場合
相続を機に法人を設立して事業を移す、あるいは第三者へ事業を譲渡するという選択もあります。食品衛生法56条1項は、令和5年12月13日以降、営業の譲渡についても相続・合併・分割と同様に、新たな許可を取り直すことなく届出により営業者の地位を承継できる仕組みとしています。ただし対象は営業の全部を譲渡する場合であり、一部の譲渡には適用されない旨を案内している自治体があります。個別の可否は管轄保健所への確認が必要です。
相続登記の期限と、次の代で繰り返さないための予防設計
相続登記の申請義務化がもたらすタイムリミット
2024年4月1日から相続登記の申請が義務化されました。不動産登記法76条の2第1項は「所有権の登記名義人について相続の開始があったときは、当該相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から三年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない」と定めています。
さらに同条2項は、法定相続分に応じた相続登記がされた後に遺産分割があったときは、当該遺産分割によって法定相続分を超えて所有権を取得した者は、遺産分割の日から3年以内に所有権の移転の登記を申請しなければならないと定めます。つまり、いったん共有名義で登記してから遺産分割で単独名義へ組み替える場合、遺産分割の成立時点から新たに3年の期限が走ります。
法務省の案内によれば、2024年4月1日より前に相続したことを知った不動産で相続登記がされていないものについては、2027年(令和9年)3月31日までに相続登記をする必要があるとされています。長年放置してきた洋菓子店の店舗不動産がある場合は、この経過措置の期限を意識してください。
正当な理由がないのに申請を怠ったときは、不動産登記法164条1項により10万円以下の過料に処せられます。期限に間に合わないときは、同法76条の3第1項の相続人申告登記(登記官に対し、相続が開始した旨と自らが相続人である旨を申し出る制度)を利用する方法があります。同条2項により、期間内に申出をした者は登記申請義務を履行したものとみなされますが、これは申出をした本人についてのみであり、また同条4項により、その後の遺産分割で所有権を取得したときは遺産分割の日から3年以内に移転登記を申請する義務が残ります。制度の詳細は相続登記義務化のスケジュール|2024年4月施行・3年以内・過料を解説で解説しています。登記の申請手続自体は司法書士の業務です。
遺言で承継先を先に決めておく
最も確実な予防策は遺言です。特定の財産を特定の相続人に承継させる旨の遺言(特定財産承継遺言)を作成しておけば、店舗不動産と厨房設備を後継者に集中させることができ、そもそも共有状態が発生しません。ただし民法899条の2第1項により、法定相続分を超える部分については登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できませんので、相続開始後は速やかに登記を進める必要があります。遺言と遺留分の関係もあわせて設計しておくと、後継者の負担を減らせます。
一定期間は分割をしない仕組み
民法908条1項は、被相続人が遺言で遺産分割の方法を定め、もしくはこれを定めることを第三者に委託し、または相続開始の時から5年を超えない期間を定めて遺産分割を禁ずることができると定めます。同条2項は共同相続人が5年以内の期間を定めて分割をしない旨の契約をすることを認めますが、その終期は相続開始の時から10年を超えることができません。後継者が製菓の技術を身につけるまでの猶予期間を確保したい、といった事情があるなら、こうした条文の使い方も検討に値します。
生前に共有を解消しておく
すでに親子や兄弟で店舗を共有している場合、相続が起きる前に持分を集約しておくことも有効です。持分売買契約書や贈与契約書を作成し、移転登記まで済ませておけば、次の相続で共有者が増えることを防げます。会社形態であれば、株式を後継者に集中させる設計や、会社法106条の権利行使者をあらかじめ定めておく取り決めも考えられます。いずれも税務上の影響が伴いますので、実行前に税理士にご確認ください。
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まとめ
洋菓子店の相続では、店舗不動産・厨房設備・屋号・株式といった性質の異なる財産が、民法898条により相続開始と同時にまとめて共有になります。共有のままでは、民法251条1項の変更行為に全員の同意が要り、全員の協力がなければ担保設定もできず、次の相続で共有者が増え続けます。営業が続く事業だからこそ、持分整理は「営業を止めない期間内に終える」時間軸で設計する必要があります。
解消手続を選ぶ前提として、その共有が遺産共有か通常共有かを見極めてください。遺産共有は民法907条の遺産分割で、通常共有は民法256条・258条の共有物分割で解消します。両者が混在する場合は民法258条の2の特則が働きます。そして民法904条の3により、相続開始から10年を経過すると原則として特別受益や寄与分を考慮した具体的相続分による分割ができなくなります。この10年は、所在等不明共有者の持分取得(民法262条の2第3項)などでも節目になります。
事業の一体性を守る観点から、洋菓子店では代償分割が選ばれやすい方法です。後継者が店舗と設備を単独で取得し、他の相続人に代償金を支払います。協議書には取得財産の特定、代償金の額と支払方法、屋号や営業に関する権利の帰属、債務の取扱いを明記します。なお財産の価格評価は不動産鑑定士や不動産業者の査定、課税関係は税理士にご確認ください。
見落とされがちなのが営業許可の地位承継です。食品衛生法56条1項は、相続人が2人以上いる場合に全員の同意で営業を承継すべき相続人を選定できると定め、同条2項は遅滞なく都道府県知事へ届け出るべきことを定めています。遺産分割で店舗設備を取得する人と、営業許可を承継する人がずれないよう、同意書と遺産分割協議書を整合させることが重要です。また、不動産登記法76条の2第2項により、遺産分割で法定相続分を超えて取得した場合は遺産分割の日から3年以内の登記申請義務が生じます。
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